色には温度もあり、重さもあり、心理的に与える効果も数多くあります。お世話になった塗装屋さんからうかがった色の「講義」は、いまも大事な宝物です。中学を出てから70年近くにわたり、黙々と現場から学び続けた職人さんの、珠玉の言葉とその生き方。
Contents.
希望が持てる時代は「白」
親しい知人の一人に、塗装屋さん(いつもはペンキ屋さんと呼んでいる)の職人さんがいます。
職人さんではありますが、いまは何人もの職人さんを使う塗装店の親方です。
最初にお会いした日に、なぜか「俺、ただのペンキ屋だから」というので、以来、そう呼んできました。
80代前半ですが、お会いするときはいつも、スーツ。
ビシッときめた姿には、ほれぼれしてしまいます。
現場には出ることは減りましたが、指揮をとるときは、頭にタオル、ニッカや鳶服でした。
取材でお世話になり、その後、自宅の外壁や屋根を塗っていただいたご縁です。
ペンキ屋さんが「色」の話を聞かせてくれた日のことを、はっきりと覚えています。
懸命にメモをとりながら聞きました。
開口一番、「人間の心理や景気までも、色に反映される」。
わかりやすいのは、政治家や会社員のスーツとクルマの色。
好景気のとき、近い将来に希望が持てるときには、明るい色が流行る。
不景気のとき、将来の見通しが暗ときには、暗い色、濃い目の色が好まれるといいます。
いま流行のクルマの色は、明るめ。
10年前、いまのクルマの前に購入したクルマは黒でした。
5年前、買い換えたクルマは、白。
当時、黒やグレー系だった政治家、サラリーマンのスーツも、いまは明るい色が多くなっている気がします。
色には機能も重さもある
色には、地域性もあります。
北海道は透明感のある澄んだ色、東北はやや暗めで濃いもの、関西は派手目、四国は明るく、九州は暖色…といったイメージ。
国も同じです。
北欧のイメージは青、東南アジアやアフリカは赤や黄。
国旗にも反映されています。
建築物は一概にそうともいえませんが、衣服などは、地域性が表われやすいのかもしれません。
「色には、機能もあるんだよ」
とペンキ屋さん。
濃い色は強さ、淡い色はやさしさを印象づけます。
明るい色はやわらかく、暖色はやさしい。
原色は派手さ、強さを主張し、混ざった色は落ち着きを醸す。
明るい色は軽く、暗い色は重く感じる――などなど、「色は重さまで表現する」というのですから驚きです。
重さだけではありません。
「色によっては感じる温感も違ってくる」のです。
赤、オレンジ、黄色などの暖色系は温かく感じ、青などの寒色系は寒々しいイメージ。
「その体感温度の差は、3~5℃も違う」
というのは、衣服でも室内の色でも実感できるそうです。
皮膚で心でも感じる「色」
ペンキ屋さんは続けます。
「次は、心理的な効果について」
暖色系が多く使われた空間では時間が長く感じ、寒色系では短く感じる。
そういわれれば、暖色系の店内では15分しかいないのに30分もいたように感じ、客の回転が速い気がします。
逆に寒色系では、30分もいたのに15分くらいにしか感じない。
不思議です。
ファストフードなどの店舗ではこうした法則を利用し、回転率を計算するといいます。
講義は続きます。
「人間の生理にも関係があるんだ」
暖色系、特に赤の原色は、興奮状態にする性質があるのは知られるところですが、寒色系は実際に体温・血圧を低下させ、エネルギーの消耗を抑えるというデータがあるといいます。
これは、私たちが色を視覚で捉えているだけでなく、皮膚でも色を感じている証拠。
色の科学は、国によっては衣食住の全分野で応用されているそうです。
日本では同じ赤でも、朱色や珊瑚色、茜色、深緋(こきあけ)、紅葉色など派手さを抑えた色が伝統色。
枯山水や水墨画など、墨1色のなかにも無限の色を感じ取る、色の文化があるという話も納得です。
白の下着が身体にいいわけ
「美容と色の関係についてはね」
とペンキ屋さん。
美容にいい影響を与える色は、明るめの色というのは定説通り。
下着を例にとると、黒めの下着を多く着る人はシミやシワが多くなり、ベージュを身につける機会が多いほど、肌がたるんでしまうといいます(ほんとかどうかわかりません)。
下着は、白。
「白は身体に必要な光を透過し、新陳代謝を高めてくれる働きがある」
といい、ペンキ屋さんの下着も全部、白です。
男性が女性にセクシャルな印象を感じるのは赤、ピンク、赤紫など。
赤の下着には血行を促進し、体感温度を上昇させる効果もあり、冷え性の方にも、効果があるそうです。
ペンキ屋さんが事務所に来るときはいつもアポなしでした。
クルマで近くを通るたびに、店名の入った厚手のタオルをお土産に、ふらっと寄ってくださるのです。
ペンキ屋さんが来ると「どうぞ、お茶を一杯」と、こちらからお願いして事務所にあがってもらいます。
話を聞くのが、楽しくてしょうがありません。
しかし、ある時期から少しずつ、奥さまと一緒に来られることが多くなりました。
認知症が進んでいたことには、気づいていました。
耳も遠くなり、運転が心配と、奥さまが助手席に座る回数が次第に増えていたのです。
それでも、2―3カ月に一度は、お客様のところを回るのだと、クルマを運転したがり、奥さまを困らせました。
感謝する言葉は慎重に使う
あるとき、記念にと2人の写真を撮らせてもらいました。
「笑って」といっても、ニコリともしないペンキ屋さん。
その横で、頬をぽっと赤くして微笑む奥さまがファインダーの中にいました。
ペンキ屋さん夫妻が、半年近く、いらっしゃらないことに気づいたのは、猛暑が緩んだ、ちょうどいま頃の季節。
いつ来ても渡せるようにと、デスクの引き出しにはキャビネに焼いた2人の写真を2枚準備していました。
体調を崩したかしらと心配しているうちに、数カ月が経っていました。
そして、ある日。
知人宅を訪問したとき、ペンキ屋さんの訃報を聞くことになるのです。
朝、散歩に出たまま行方がわからなくなり、数日後、近くの林で亡くなっているのが見つかりました。
脳卒中でした。
ペンキ屋さんは、自分たちが塗装したお宅に顔を出そうと、出かけたに違いありません。
運転は止められていましたので、歩いて出かけたのです。
「お客さんに恵まれ、ありがたい」
「今日は、いい天気で、ありがたい」
「ありがたい」がペンキ屋さんの口癖でした。
ありがたいは「有り難い」。
自分は「有ってはならないほどの状態の中にある」という意味でもあります。
「俺のような意固地な人間は、感謝という言葉を連発されると、なんだか気恥ずかしくなるんだよ」
とペンキ屋さんはいいます。
ペンキ屋さんは、「いま、ここに生きていることが奇跡」と言い、その自分が人さまのお役に立てることを「ありがたい」と表現したのです。
自分の幸福を認める力は、強い自己検証に基づく力でもあります。
「感謝という言葉は、もっと慎重に、大切に使わないとな」
中学を出て以来、黙々と仕事をしてきたペンキ屋さん。
その姿を思い出すたび、耳元でそんな声が聞こえてきそうです。
キャビネに焼いた2枚の写真は、いまもデスクの引き出しの中にあります。
このまま、しまっておこうと思っています。
環境、空間の中の色彩は
視覚からだけではなく皮膚からも感じている。
暖房、冷房機器、
断熱・気密性能なども重要だが
色彩で居心地が大きく変わることも視野に入れる。