英語では【God is in the details】。神は細部に宿る、という言葉。フランスの作家ギュスターヴ・フローベールの言葉で、ドイツのモダニズム建築家ミース・ファンデル・ローエが標語として使用していたことから広まりました。文字通り、ディテールを大切にするからこそ、全体が美しくなる。論理の細部を維持することで、論理の全体が機能する、などの意味で用いられます。家づくりや日々の暮らしにも同じことがいえそうです。引き出しの中を片付けるだけで、デスク全体がきれいに見えるように、隠れた部分、細かなところにまで気を配った家や暮らしから【きれい】が醸し出されてくるのです。
Contents.
ゆっくり呼吸をさせてくれる家
こんにちは、と玄関に入った途端、「いらっしゃい」と明るく出迎えてくれる家もあれば、ツンとすまして、のっけから訪問者を相手にしないような家もあります。
リビングに入ると、なぜか眠たくなるような家もあれば、そこにいるだけで空間が身体にまとわりついてくる家もあります。
生活のきれいな部分だけが強調されている家もあれば、きたない部分だけが目に入る家もあります。
家は、さまざま。
眠たくなるような家は、そこに住む家族もどこかおっとりとしていて、嫌味のない人が住んでいることが多いものです。
訪問者にも、ゆっくり、呼吸をさせてくれる家です。
ツンとすましている家は、デザインはきれいでも、人の気配のない家が少なくありません。
いわば、展示場のような家。
きれいなのですが、冷たくて、近寄りがたい。
生活のきれいな部分が強調されている家とは、家事、トイレ、浴室、くつろぎ、就寝など、あらゆる生活の細かな場面が整えられた家。
きれいな装飾がある、高級なインテリアというのではありません。
整える、という所作の想像できる家。
食器や鍋を眺めるだけで、調理の過程がイメージでき、料理の盛り付けまで想像できる。
キッチンに並ぶ、あるいは吊るされた調理器具から、その家の食事の風景が見えてくる家もあります。
余計なものが排除され、それでいて棚に野の花が一輪、さりげなく飾られている。
家族の「うち」への思いやりがそんなふうに感じられる家は、インテリアに数百万円を費やす家にもまさる【きれい】を湛えています。
家のかたち、インテリア、家具のあれこれではく、一つひとつの場面を丁寧につくり、生活している家族の姿を想像するだけで、うれしい気持ちになります。
by Bliss My HouseIdea
食器棚の「取っ手」にこだわる
先日、取材でおじゃましたお宅の奥様に「いちばんのお気に入りはどこですか」と尋ねると「食器棚の取っ手」という答えが返ってきました。
取っ手とは、引き出しにある、あのポッチの部分。
取っ手に手をかけるとき、手の甲を下に向け、人差し指と中指の2本でそれを引き出す人。
手の甲を上向きにし、親指を含む3本の指で引き出す人など、さまざまです。
奥様は3本の指を使うのがクセで、取っ手というよりポッチのほうが使いやすく、自分の手の形状や大きさ、使い具合に合わせたものを選ぶのに「ほんとうに苦労をしました」といいます。
いわれるまで気づきませんでした。
確かに、食器棚も洗面の収納も、作り付けの収納は、ほとんど全て奥様の選んだポッチに統一されています。
意識して眺めると、きれいです。
意識しないと、個別には見えてきませんが、収納を取り巻く全体が【きれい】を主張しているかのようでもあります。
男性中心のビルダーではなかなか気づかないところですが、奥様からの要望を受け止め、ポッチ探しに尽力したビルダーも、偉いなあと感心したものでした。
モザイクタイルは飽きがこない
奥様が、もう一つこだわったのが、洗面所。
当初は大工さんにフレームだけつくってもらい、市販の洗面器でシンプルにと考えましたが、ある内覧会でモザイクタイルの洗面所を見て、一目惚れしたといいます。
モザイクタイルとは5センチ角前後の小さなタイルで、磁器やガラス、天然石など素材も豊富。
かたちやサイズの種類も多く、素材によって質感、色、光の反射具合などが異なりますので、組み合わせ次第で、どんなデザインにもできます。
値段もピンキリで、極端な話、モザイクタイル風のシール素材まであるようです。
洗面所は水が頻繁にかかる場所でもあり、掃除のことも考えなくてはいけません。
掃除やメンテナンスを優先すると、シンプルを通り越して、面白くもなんともない白っぽい印象になるのが洗面所。
鏡と洗面器の間、壁の水のはねる部分だけなど、全面でも一部でもモザイクタイルにするだけで、空間のアクセントになり、掃除もしやすくなります。
特に男性は、洗面所の色合い、掃除のしやすさなどまで意識が及びませんので、こうしたディテールは、めんどくさがらずに、女性の希望や好みに耳を傾けることが大切です。
生活は数百数千の動作の集積物
掃除機をかけるだけでも、それを収納から取り出し、コードを引き出し、コンセントに差し込み、スイッチを入れ、グィーンと掃除を始める。
新居での生活が始まると、掃除をするだけで、はっと気づくことは少なくありません。
収納の広さ、取り出しやすさ、棚の有無、コンセントの位置・形状・色、表の動線・裏の動線、掃除のしやすい部分・掃除機の届きにくい部分、音の響き、窓を開けるときの動作、網戸の形状、窓のカギ、開閉のしやすさ、2階への移動…などなど。
家事を含めると、生活は数百数千の動作の積み重ねであることがわかります。
取っ手のデザイン一つとっても、それが自分にフィットするかどうかで、一日の気分が変わることもあるでしょう。
生活の場面を細かく見据え、動きやすさ、触感、色彩などを突き詰めていくと、空間全体がきれいに見えてくるから不思議です。
「いらっしゃい」と、訪問者を心地よく出迎えてくれる家の多くは、そんな家です。
1.展示場のような家はきれいだが、冷たくて、生活が感じられない。
2.生活のきれいな部分が強調されている家は、家事、トイレ、浴室、くつろぎ、就寝など細かな場面が整えられた家。
3.整える、という所作の想像できる家が「きれい」に見える。
4.食器棚の「取っ手」一つにもこだわってみる。
5.タイル貼りも業者に任せきりにしない。せめて、時間をかけて選ぶ。
6.生活は数百数千の動作の積み重ね。だからこそ、その一つずつ丁寧に「生活」からデザインを起こす。