Where we belong.=【家を知る・家に住む・この家で生きる】

そして、私たちの「居場所」について。

小さな家を建てる意味。

 

 

 

Photos by Sweet Potato..


 
どんな家づくりにも予算があります。その予算のなかで、大半の家族が少しでも大きな家をと望みます。しかし、すぐに壁に突き当たり、いくつもの夢を諦めてしまってはいないでしょうか。はじめから、小さな家の選択肢が除外されているのが原因の一つかもしれません。これまで、世界中の名建築家たちが、小さな家で自分の個性と技、ノウハウを競ってきました。工夫次第でどんな空間にも変化するゆたかさを内包した、もう一つの家の有り様、小さな家、そしてミニマムな暮らしの原点を考えます。
 
 

住み慣れた家を壊して建てた25坪の家

長年教師生活を務めたA子さんは66歳。

ご主人も同じ66歳。
3人の子供たちは県外に出たあと結婚をし、もう実家に戻ることはないようです。
 
家族が若い頃に建てた家は、冬は寒く、夏には暑く、部屋の隅や押入れの中は結露だらけ。
もう45年も前の家ですので、仕方がありません。
 
家のなかは家具やモノで溢れ、2階にあった2つの子供部屋は物置同然となっていました。
キッチンも浴室も限界というほど古くなり、リフォームでも根治治療が難しいことはご夫婦の目にも明らかだったはずです。
 
 
建て替えを決意したのは、自宅の庭から大好きな山を眺めることのできるこの地を離れたくなくという、その一点からでした。

 

子供たちとの思い出もたくさんあります。


一時はマンション暮らしも考えましたが、家や土地がすぐに売れることは難しいことも予想され、この地での建て替えを決意したのです。
 

 

 

ワンルームに近い家、光熱費の安い家

 建て替えにあたって決めたことは2つありました。
1.小さなワンルームに近い家
2.年金生活なので最小限の光熱費で夏も冬も快適な家
 
です。

計画を立ててからすぐに取り組んだのはモノの整理。ご夫婦は、何と、その8割を捨て切ってしまったのでした。

お話を聞いたときには、あまりの潔さにひっくり返りそうになりました。
 
 
完成した家は、25坪の平屋建て。
建築費は解体工事などを除き約2000万円。
 
玄関から勝手口まで通り抜けのできる細長い土間に広いワンルームのLD。

可動式で小上がり風の畳コーナー4.5帖、あとは最小限の水回りスペース。


小さな寝室を2室設け、夫婦別室としました。

とはいえ、互いの寝室は寝息の聞こえる数歩の距離にあり、それでいて互いの自由な時間を楽しめます。
 
4メートルとった高めの天井を活用して、一角にはロフトを設置。

子供たちがお孫さんを連れて遊びに来たときには、そこで寝てもらうよう配慮しています。
 
どこを見回しても余計なものはなく、すっきりとした空間ができあがったのでした。


断熱性能はQ値(当時)1.6W/㎡・Kと、北海道レベル。厳しい冬もヒートポンプ温水暖房で穏やかな全館暖房ができます。
太陽光発電を搭載し、光熱費は実質ゼロ。年金生活にも負担をかけません。


 

Photos by Sweet Potato..

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夫婦2人だけの終の棲家。26坪、平屋。寝室、和室、書斎、キッチン、トイレ・浴室をリビングと一体化。廊下などもない大空間とした。いちばん高いところで4.1メートルの天井高が開放感をもたらせる。断熱性能はQ値1.33W/㎡・K。地元材を8以上使った地産地消の家でもある。

 

 

名建築家たちが挑んだ小さな家

世界の住宅史に残る名作には、小さな家が少なくありません。

海外ではフィリップ・ジョンソンの「ガラスの家」、日本では清家清の「私の家」、吉村順三の「森の中の家」などが有名です。

 

なかでも、ル・コルビュジェが両親のためにつくった「小さな家”」は、2016年7月にフランス、日本、ドイツなど7カ国に点在する代表的な建物と合わせて世界文化遺産に登録されている作品。

現在はミュージアムとして一般公開されています。

 

天井をサンデッキ&ガーデンとして利用、窓を水平方向に帯のように横長に並べて構成したリボンウィンドウ、天井からの灯りが降り注ぐトップライトの窓、実用性に富んだつくりつけの家具、可動式の壁や家具でフレキシブルに変えられる機能的なレイアウトなど、さまざまな工夫にあふれた家になっていますスイス政府観光局)

 

「森の生活 ウォールデン」の作者H・D・ソローの小屋、それとよく似た詩人の立原道造による「ヒヤシンスハウス」のプランはともに4坪ほどのプランで、寝食住以外の機能をことごとく排除しているのが共通した特徴です。

 

生活の機能を削ぎ落としたところで家の原型が見え始めます。

 

抑制の積み重ねから搾り出される空間の美に、建築家たちがこぞって小さな家の体現に取り組んだ背景がうかがえます。

  

「方丈記」を書いた鴨長明が60歳で建てた一人暮らしのための庵もまさに「方丈」で約3×3メートル、4.5~5.4帖ほどの広さでした。

 

このサイズに現代の生活に必要とされる水回りや収納などを加えていくと、2~3倍ほどの面積となり、日本人一人当たりの平均的な床面積とされる36平方メートルという数字にほぼ合致します。

 

この広さは先進国では最低レベルですが、nLDKという小間割りがそれを一層狭く、使いづらくしている現状を忘れることはできません。

 

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幼稚園に通うお子さんと夫婦2人の小さな家。間仕切りは一切なく、可動式の収納の位置を変えながら、その都度、違った空間を楽しむ。外の竹林をそのまま絵画にしたような大きな開口部も、贅沢なつくり。

 

 


日本人と欧米人のプライバシーの概念

小さな家でも大きな家でも、大空間を旨とすべしとは、ここで何度かふれました。

空間が大きければいいというわけではなく、小さな空間でも光や風、鳥たちが舞う姿、木の葉が風に揺れる庭の風景など、自然界とのつながりを感じられるつくりにすることは可能です。


昔の民家はどこも、小さな家、狭い部屋でも、そうした配慮が息づいていました。
 
住宅にとって第一に求められるのは「広さ」ではないのです。

 

戦後、そしてバブル期を経て、日本の住宅はそうした根源的な問いかけを無視して、面積と設備を備えた住宅を小間割りしながら、世界のどこにも例のないかたちの住宅を量産してきました。
 
住宅に住むのは、家族です。
LDKの住宅では、その家族が分離されることを前提につくられます。

そこに気づく人は多くありません。
 
欧米の家だって、そうだろう。
そんな声が聞こえてきそうですが、欧米の家族集団は夫婦+子供が原則で、日本のように家族の中に夫婦と子供が組み込まれている集団とは異なります。


夫婦の単位は個人+個人。
日本のように、結婚してしまえば、個人は家制度に組み込まれ、そこで生まれた子供たちもおのずと同制度に組み込まれる社会とは違うのです。
 
実際に欧米の住宅を見ると、ベッド一つ置けばおしまいといった狭い子供部屋が多くを占めます。


家族はできる限り長い間リビングルームで過ごし、夜になったら夫婦のために、子供は自分の部屋に引っ込まされます。

これは家のつくりではなく、ルールです。
子供部屋は、寝るためだけの部屋ともいえそうです。
 
 
日本では、つい数十年前まで、一つの囲炉裏を囲み、一つの部屋を寝室にし、食堂にして曖昧に暮らす家族形態でした。
そうしたDNAを引きずったまま、家のかたちだけが、欧米の家族の文化の一部だけを切り取り、いまに至っているともいえます。

 

 

 

プライバシーは空間+人でつくる

大空間ではプライバシーがない、という意見も根強くあります。
しかし、一緒に住むのは他人ではなく家族。
人数分の子供部屋を設けたところで、小学生のうちは幼い子どもと両親とは川の字で寝るというケースがほとんどです。
 
こうした寝室形態は欧米ではほとんど理解されず、むしろ特異な形態としてとらえられます。

 
欧米とは比べものにならないくらいやわらかな個人主義、親離れも子離れも難しい親子関係、自己主張の強い人は毛嫌いされ、互いに「相手を察する」内向的な人間関係のなかで、いまだ個人主義やプライバシーは成熟しきれていないともいえます。

 

個人主義じゃないからいけないのではありません。

日本人ならではの密接な家族のつながりに、家のかたちが応えきれていないように見えてしまうのです。

 

Photos by Sweet Potato..

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夫婦の終の棲家をめざしたが計画途中にご主人が急逝。奥様1人で住むようにプランを変更し、寝室、キッチン、ダイニング、仏間が一直線に並ぶホテルのような間取りとした。
寝室は吊引き戸で開閉は自在。隣接した納戸に家具は全て納め、空間をすっきりさせている。

 

 


子育て終了後の30~40年を生きる

夫婦と子どもを単位としてスタートした生活も、新しい住宅での子育て期間はわずか10年前後。

人生80年のうちの30~40年は夫婦だけの生活を余儀なくされます。
 
夫婦のための住宅は、やがて独居のための住宅となる宿命を孕んでいます。
高齢者一人でもメンテナンスの容易なことはもちろん、一人でいても寂しくない工夫、介護のしやすさまでも考慮しなくてはなりません。


何度も取り上げているように、温熱的なバリアや設計的なバリアの開放による予防医学的な措置も必要です。
プライバシーを守りつつ、地域や自然界とのふれあいを醸成する試みも必須といえます。
 


A子さん夫婦は、旧宅を取り壊す前に県外に住む2人の息子と娘さんを呼び寄せ、一つの儀式をとりおこないました。


これから解体する旧宅と長年大事に保管してきたモノとの「お別れの儀式」です。
 
幼い子供たちと一緒に壁や床にふれ、古い家具や衣類、アルバムの1冊1冊までも開いて整理し、一つひとつに「さようなら、これまでありがとう」と感謝する会です。
 
それは、小さいけれども新しい家で残された人生を夫婦2人で生き抜こうという決意表明であり、子供たちにとっては育った家と別れ、思い出が詰まったモノと決別することで、改めて家と親からの自立を確かめ、自らの家族とともに歩んでいこうと決意を新たにする儀式でもありました。


 

 
目には見えない家族のつながり

居場所。


それは特定の場のみならず、家族や思い出、一つの家族、一人の人間を取り巻く円環的なもののなかにも存在します。
 
家族の思い出が深く刻まれた家やモノと決別し、小さな家で一人新たな人生を歩むことを決めたA子さん夫婦の心のなかには、かたちのあるものより深く確かな家ができ、家族の絆が再確認できたに違いありません。
 
 
近くにいても気持ちの離れた家族もいれば、遠くにいてもつながりの深い家族もあるでしょう。
 
自分が育った家はなくなっても、3人の子供の心のなかには生涯消えることのない居場所ができ、これまでより一層強い両親との絆ができたともいえます。
 
小さな家と最小限のモノで割り切り、それでも「私は幸福だ」と生きる人と、家の大きさや部屋数、モノの数を求め「まだまだ足りない」と生きる人、それぞれです。


小さな家はときに、その人の人生観をはっきりと映し出します。

 

 

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