外断熱と内断熱。どちらが優れているか。かつて、こういう議論がありました。正確にいうと、住宅建築の場合、外断熱、内断熱という言葉は使いません。マンションやビルなどコンクリートの建物に使用されるのが一般的で、住宅の場合は外張り断熱・充填断熱といって区別します。高断熱・高気密にするということは、住宅性能を高めること。そんな人工的な住宅より、昔のように自然素材だけで健康的な住宅がいい、という人も少なくありません。結論からいえば、自然素材=健康という図式がとても難しくなっている、というのが現代の家づくりなのです。
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高断熱・高気密の潮流
これまで日本における住宅ではほとんど 充填断熱工法が採用され、断熱材はグラスウールが多くを占めていました。
一部の外張り断熱派は「充填断熱は長所なし」と言い切っていたこともありました。
構造上、断熱材を隙間なく施工することが不可能である…というのが外張り断熱派の言い分です。
確かに、柱や間柱、梁、窓枠、コンセント、桁などの間に、綿状のグラスウールを隙間なく入れるには高い施工技術が必要とされ、施工にばらつきが出るというのが主な理由のようです。
充填断熱派も負けてはいません。
外張り断熱では、断熱材を構造体に留め付けすると相当の荷重となり、サイディング仕上げだと木材の胴縁が必要で、ビスあるいは釘留めでは地震などの際には耐えられない。
さらには、ビスの先端で熱橋(ヒートブリッジ)による結露が発生する不安がある、などです。
どちらの言い分も正しく、どちらにも長短があります。
最近はより高断熱・高気密をめざして、両者を合体させた「付加断熱」も登場していますので、エネルギーセーブの流れはいっそう加速しようとしているといえましょう。
高断熱・高気密仕様にしながら地元の木を8割使用して建てられた性能+自然派住宅。
素材が先か性能が先か
こうした激論の隙間を縫って、静かに普及しているのが、無垢の木や漆喰、珪藻土など自然素材を多用したいわゆる「自然志向」の住宅です。
昔ながらの伝統工法で地元の木や漆喰だけで建築しようとするムーブメントも根強くあります。
断熱、気密など、自然に逆らうような工法ではなく、昔のように自然の流れに沿って生活しましょう、という考え方が根底にあるのかもしれません。
機械換気などではなく、自然の通気や換気に身を任せ、低・中気密のほうがむしろ健康的、という話もよく聞きます。
こうして私たち生活者は、ますます混乱の渦のなかに置き去りにされるわけです。
情報を整理します。
いわゆる高断熱・高気密など性能にこだわった住宅と、性能にはあまりこだわらない「自然志向」の住宅とは全く別物であることを、まずは認識すること。換言すれば、性能をクリアしたうえで、自然志向を貫くことこそ大切な条件であり、性能を無視する限り、現代では「自然素材100%」=「健康」という図式にはなり得ないのです。
化学製品だらけの生活
昔ならではの住宅を、悪くいいたいのではありません。できることなら(リノベーションをしたうえで)昔ならではの古民家や町家に住んでみたいと思っているくらいです。
確かに、木と紙と土だけで建てた住宅は100%の「自然」ですが、その時代の建築学は、冷暖房も換気も機械に依存しない前提で、最高レベルのパッシブデザインを駆使した温熱・空気環境をつくり出していたのです。
換気に至っては、自然換気(放任換気)であることは大前提で、家のなかで炭火を焚いても窒息しないほどの、スカスカさだったのでした。
微気候や温度差を含め、パッシブなデザインはいまの建築でこそ、再考すべきところが少なくありません。
しかし、現代に生きる私たちが、こうした環境でも住みこなしていけるかどうかは、精神論に依存するほかありません。
例えば、機械換気は不要で、昔のままの低気密でよしとしても、昔の家のなかは、納豆の容器はもちろん、洗剤、買い物籠、洗濯板や窓枠、風呂桶に至るまで、全部が全部、自然の素材でした。いまはというと、100%が化学製品といってもいい過ぎではありません。
それらが常時発する化学臭や有害物質は、外に風があるとき、家の内外に温度差が生じたときにしか換気されない自然換気では、取り除くことは不可能です。こうした日本の住宅、認識の誤りが、シックハウス問題や化学物質過敏症、ヒートショックで致命傷を負う方々を大量に生み出してきた経緯があることを忘れられません。
適材適所で使われた無垢材と漆喰。自然の素材が自然の呼吸をするが気密性を高め計画換気をするのが基本。
気密性が低いと不健康
断熱性能は「熱損失係数」(Q値)や外皮平均熱貫流率(UA値)として表わされ、W/㎡・Kの単位で示されます。値が小さいほど断熱性能が高いことになります。
気密性能は「隙間相当面積」で性能が表わされ「C値」とも呼ばれます。外界と断熱で遮断された室内空間の全容積(小屋裏・吹抜け・基礎断熱時の床下を含む)を(延べ床面積)1㎡当たりにつき、どれくらいの隙間があるかを表す数値で単位は㎠/㎡で示されます。
こちらも値が小さいほど気密性能が高いことを表わします。気密測定器を使って1棟ごとに測定するため、信頼性のある数値といえます。
気密性能が高くても、木造住宅では換気なしでも窒息することなどあり得ませんが、当然、炭火などの使用は厳禁。
機械換気との併用も原則で、性能が高ければ高いほど、計画的に空気の出入りを制御でき、エネルギーロスがないように、24時間、きれいな空気のなかで過ごすことができます。言い換えれば、気密性の確保なくして、計画的な空気のコントロールは不可能なのです。
こうした性能の裏付けのある住まいでは、熱源に関わらず、年間光熱費のシミュレーションも可能となります。
住宅にも、昨今のクルマと同様に、環境性能が要求される時代。省エネルギー性能、あるいは年間の光熱費を知る際には、Q値やUA値、C値などの性能の裏付けを確認したいものです。
吹き抜けを貫く薪ストーブの煙突。ストーブ1台で厳寒期も全館に熱を配る。材は全て地元産。
太陽光・風力は不安定
ドイツでは2000年4月に再生可能エネルギー法(REL)が施行され、一次エネルギー消費および電気の消費において再生可能なエネルギーの割合を、2050年までに50%に引き上げることが目標に掲げられています。
日本では2011年3・11の原発事故により、原子力への不安が高まっていますが、かといって、いまもなお、風任せ、太陽任せ、水任せのエネルギーには供給の不安定さがついて回ります。
不安定なエネルギー導入に関する議論が盛り上がり、評価されるのはけっこうですが、身近な建築技術でできるエネルギーセーブの検討が行われず、いっこうに普及しないのは不思議です。
国の省エネ基準の義務化でさえ、何十年も見送られてきました。
未知数の自然エネルギーを開発し、導入することも大事ですが、建築技術で「節約」できるものはそれを徹底させる。このことが、いま、ここで、容易に割安で、取り組み可能で、かつ即効性のある方策なのです。
住宅性能をおざなりにしながら、高価で不安定なエネルギー導入が優先され、それらを含めて「自然志向」が論じられるのは順序が異なります。
太陽光や風力、地中熱は確かに無限のエネルギーです。が、それを住宅に利用するには、設備の導入だけで、いまだ数百万円規模の投資が求められます。
高断熱・高気密など、住宅性能を高めることで50年以上にわたる長期間エネルギーの節減は可能となります。しかし、設備のライフサイクルコスト(LCC)は安価なものではなく、太陽光発電や充電器などの耐久性は長く見積もっても30年。こうした現状では、どちらにコストをかけるほうが割安でお得になるかは明白です。
薪はバイオマスの原点
太陽光発電を搭載する予算があるのなら、それをいったん再考し、その予算分を断熱・気密といった基本性能に回したほうが、お得になることもあります。
単純に計算しても、太陽光発電への投資回収には十年単位の時間がかかりますが、住宅性能に投資した分は、数年間で回収でき、その後数十年から100年近くもその恩恵に与ることができます。
自然エネルギーには、バイオマスも含まれます。
バイオマスとは動植物などから生まれた生物資源の総称で、これらの資源からつくる燃料をバイオ燃料と呼びます。
ペレットなどの固体燃料、バイオエタノールやBDF(バイオディーゼル燃料)などの液体燃料、バイオガスなどの気体燃料などさまざまな種類がありますが、もっとも身近なバイオマス燃料は、薪や木炭でしょう。
北海道や東北のみならず、温暖地でも暖房とインテリアを兼ねた薪ストーブが人気を呼んでいます。日本は、先進国のなかではフィンランドに次ぐ第2位の森林大国。国土の7割近くが森林で、狭い国土に3000メートル級の山をもつ急峻な地形のため、多様な森林形態と生物の多様性を誇っているのも周知の通りです。
北側に設けたトップライトは終日、安定した光を屋内に導く。
性能+素材のバランス
日本では、寺社建築はもちろん、住居や彫像などにも木が使われる文化をもっています。室町時代にはすでにスギ、ヒノキなどの人工造林が始まっていました。
森林はCO2の吸収でも重要な役割を担っています。森林を再生することは、林業の活性化、林業を基幹産業とする山村の活性化にもつながります。
樹木の伐採や造材時に、間伐材や枝葉などの残材、製材工場などから発生する残材などを有効に使うことは、CO2の抑制だけでなく森林の再生から森林や木材に関係する産業を復活させることでもあります。
CO2の抑制、カーボンニュートラル、バイオマスといった言葉を並べられると難解な印象を抱きがちですが、燃料にとどまらず、建築部材としても近くの山の木を意識して使うことは、私たちが想像する以上に環境問題から産業構造、伝統技術の伝承、専門知識を有する人とその家族とその人たちが住む町の復興まで、連綿とした意味を持ちます。
住宅性能を向上させ、大空間を主とする熱の回りやすい設計にすると、薪ストーブやペレットストーブ1台でも、全館暖房は可能です。設計によっては、吹き抜けに設置した1台のエアコンで、全館の冷暖房も十分にできるはずです。
そこに、季節の光や風を取り込めるようにデザインされた住まいこそ、いま、私たちが理想とすべき家のかたちの一つかもしれません。