断熱というと、日本ではまだ馴染みが薄く、関心も低いまま。国が示す住宅の断熱指標も、先進国のなかでは最低レベルのまま現在に至っています。断熱性能を上げることで夏はより涼しく、冬はより暖かくなるのはもちろん、割安な光熱費で健康的な室内環境を実現できます。省エネとCO2の削減は比例しますので、エコロジーにも貢献。しかし、断熱の手法、工法のあれこれで、いまだ混乱の様相を呈しているのが日本の住宅業界。生活者として確かな選択ができるよう、最小限、覚えておきたいことをまとめました。
Contents.
住宅にも「性能」がある?
断熱性能について学び始めると、高断熱・高気密に特化した工法の混沌に陥り、Q値=熱損失係数。UA値=外皮平均熱貫流率、C値=隙間相当面積など、工法と数値のオタクになってしまう人が少なくありません。
在来工法と2×4工法の違いもよくわからないのに、断熱工法など全くわからない、という方も多いはずです。
ハウスメーカーのみならず、特定工法のフランチャイズに加盟する工務店まで、自分たちの工法こそがベストと喧伝し、いまだに外断熱がいい、いや内断熱がいいといった論争を繰り返しています。
工法の違いが企業競争の材料となるのは、世界中で日本の住宅業界くらいではないでしょうか。
断熱などはなっから無視して、日本の伝統工法の良さを声高に訴えるビルダーも少なくありません。
しかし、伝統工法を駆使することを至上命題とし、無垢材や自然素材を多用することと、生涯にわたり健康的な生活を送れる環境を成すこととは、全く別の次元の話です。
伝統工法で建てたとしても、サッシがアルミ、暖房はファンヒーターなどの開放系では、わずか1日で窓周りが結露でびしょびしょになってしまいます。
そうした家をいくつも見てきました。
工法が悪いのではなく、現代の生活スタイル、さら申し上げれば、個々の暮らしにまで訴求した技術と提案がないことが問題になるケースです。
生活者はやがて、業界から発信される情報に振り回され、工法の選択、数値をクリアすることに疲れ果ててしまいます。
住宅メーカーのHP、はてなブログの住宅関連サイトもたまに拝見しますが、誤った情報に何十もの称賛コメントが寄せられ、驚きとともに、怖ささえ感じることがあります。
断熱工法に関しては、誤った手法は住む人の健康、建物の寿命に直結します。
これまで日本の住宅の平均寿命が30年前後で推移してきた背景に、未熟な断熱思想と技術があったことを忘れてはなりません。
そして、もっとも大切なことは、断熱性能を高めることは大切ですが、断熱性能だけで家の価値は計れない、という矛盾を仮題として、ご自分なりにクリアしていくことといえます。
上図黄色の部分に、「隙間があると…」と書かれていますが、これがいわゆる「断熱欠損」。未熟な技術で施工された「断熱」は、その部分から結露が発生し、周囲の構造材を腐らせる。壁や天井などの断熱をしても、サッシがアルミ、単板ガラスなどの際も、結露の原因となる。日本の住宅の寿命が30年前後しかなかったのは、台風や地震のせいではなく、結露という「水」が原因だったことを知る日本人はいまも圧倒的に少数。出典:資源エネルギー庁
Q値=熱損失係数/どれくらい熱が逃げにくい家なのかの目安となる数値。断熱性が高いほど数値は小さくなる。
UA値/外皮平均熱貫流率/どれくらい熱量が家の外に逃げやすいのかの指標。屋内と外の温度を1度と仮定した際、外へ逃げる時間当たりの熱量を外皮面積(外皮=天井、壁、床、窓等)の合計で割ったもの。断熱性が高いほど数値は小さくなる。
C値=隙間相当面積/どれくらい家に隙間があるのかを示した数値です。数値が低いほど隙間が少なく高気密になる。
躯体をすっぽり断熱することで吹き抜けを設けても、上下の温度差はなく、光熱費への影響もない。開口部は樹脂サッシ・トリプルガラス。ストーブはペレット。窓際のタイルは日射を蓄熱するダイレクトゲイン。パッシブなデザインも付加することでさらに省エネで快適な室内環境が確保される。
外断熱と内断熱の優劣論議
断熱工法は、壁の外に断熱材を張る外張り断熱(外断熱)と壁体内に断熱材を充填する充填断熱(内断熱)とに大別されます(下図)。
断熱材はセルローズファイバーや木質繊維ボードなどの「自然系」、ウレタンや発泡スチロールなどの「プラスチック系」、グラスウールやロックウールなどの「鉱物系」があり、それぞれに特長があり一概にどれがベストということはできません。
言い換えれば、断熱材の違いで性能を語ることは、おかしな話なのです。
日本の住宅業界ではいまも、充填・外張り工法のどちらが優れているか、どの断熱材がベストであるかといった論争が展開されています。
家づくりをめざす人は、その論争の渦に巻き込まれ、建てたあとも、自分のビルダー以外の工法を信用しようとしません。
これから家づくりに臨む人は、工法と断熱材の選択だけが目標となってしまい、居住性や可変性、インテリア、バリアフリーやユニバーサルデザインなどがおろそかになることが心配です。
気密測定は、原則的に1棟ごとに行う。カタログ値ではなく、実測してくれるかどうかも、ビルダーの信頼度をはかる目安。
外断熱は柱の外側に断熱材を張り付ける工法。
充填断熱は、壁のなかの柱と柱の間に断熱材を挟みこむ工法。
※出典:旭化成
性能だけで建築は語れない
UA値やC値などの数値を上げることで他社との差別化を図り、自社の優位性を訴えるビルダーも増えています。
かといって、A社はUA値1.0W/㎡・K、B社は0.4W/㎡・KだからA社がいい…という判断は危険です(数値が小さい方が性能が高い)。
性能が上がると省エネとなり、居住性は向上しますが、そのビルダーが可変性やユニバーサルデザインにまで秀でているとは限りません。
内装材やカーテンなど「インテリアは、お好きなものを」と施主に分厚いカタログを預けてしまうビルダーもいます。
数値競争に打ち勝てばデザイン、インテリア、間取りなどはどうでもいいといった意識が根底に見え隠れしています。
デザインだけでも、人間は、あたたかな気持ちにも、冷たい気持ちにもなってしまうことを理解していないのです。
断熱・気密施工には、長年の経験に基づいたノウハウが求められます。
計算上では高い数値が示されても、断熱に熟知していない現場の職人が一人いるだけで断熱欠損ができ、逆転結露、防水不良による雨漏れなど、いくつもの不具合が発生することがあります。
やっかいなのは、こうしたトラブルは、完成直後ではなく、数年後に表われることもあることです。
同じビルダーで、全く同じ材料を使って、同じ家を建てても、性能が全て異なるのは職人の技術によるもの。
現代の住宅技術は、構造の技術ではなく、熱力学を知った技術も求められるのです。
気密測定をしないビルダーが多いことにも驚きます。
C値を数値で明示したとしても、カタログ値だけで現場での測定を省略してしまうビルダーはあとを絶ちません。
気密測定は、1棟1棟で行うことが原則。
そこでビルダーの誠実さが見えるのです。
工法や断熱材、ビルダーの未熟な技術に迎合した暮らしを何十年も強いられるのは、悲しいことです。
外断熱、内断熱、どちらの工法でも、それを選択したビルダーが、これまで平均どれくらいの建築費で、どれくらいの性能値を出してきたか。
同じくらいの面積で、実質的な年間光熱費(24時間冷暖房で)をはじき出してもらう――などのことが、私たち生活者にとっての、等身大の「工法」選びといえます。
欧州では引き違い窓はほとんど見かけず、ドレーキップが主流。by CASA SCHWANCK
設備優先で住宅を考えない
私たちが求める家は、快適で安全な室内環境であり、安い光熱費で何十年と長く住むことのできる家であり、どの空間も美しくおしゃれで、毎日、明るい家庭生活が送れる家であり、希望すればそこで介護も看取りも可能な家――のはずです。
性能は大切ですが、生活はそれに優先されるのもの。
しかし、その生活を支えるために(必ずしも高い性能でなくても)性能の裏付けは必要です。
UA値0.4~0.3W/㎡・K以上の、北海道仕様からEU仕様をめざす場合は、充填・外断熱というよりも、すでに付加断熱(二重断熱)が主流となっており「外」も「内」もなくなりつつあります。
ただし、付加断熱は冬場の寒さの厳しい地域では高い省エネ効果を発揮しますが、関東以西の温暖地では暖房費が低減しても、夏期の冷房費が高くなってしまうケースがあります。
いわゆるオーバースペックですが、軒の出や窓の位置、微気候の利用など、パッシブ的なデザインと併用しながら、夏と冬、最大限の省エネで快適さを得る工夫が大切です。
経産省によるZEH=ゼロエネルギー住宅の補助金を受けるために、ZEHの推進に積極的なビルダーも増えています。
しかし、補助金ほしさに費用をかけて高い建築費をとり、机上の計算だけで断熱強化を図り、高価な設備にシフトしたゼロエネルギー住宅では本末転倒です。
ここで覚えておきたいのは、
1.気密技術は現場の技術に大きく左右される。気密測定は必ず実測してもらう。この際の理想は2.0㎠/㎡以下。できれば、0.5㎠/㎡以下の気密性能が理想。
2.断熱性能はパソコンの計算上で数値をはじき出すことでき、完成後の欠損などを把握しにくい。この点からも、数値よりもこれまでのビルダーの実績を把握したい。
3.大雑把ではありますが、UA値でいうと「0.46W/㎡・K」が現行基準の北海道仕様となっていますので、関東以西の地域もこのレベルをめざす。このレベルでも、先進国では最低レベルの断熱。
これらを具現するだけで、旧宅と比較し劇的な省エネ性と快適性を得ることができるはずです。
設備はあくまでも黒子。
太陽光発電設備を設置するだけで、150万円ほどの追加になります。
これに「最新」と称される蓄電池、そして断熱工事費など加味すると、ZEH実現には最低でも300~500万円が必要です。
このオプションをゼロエネルギーで回収するには、ざっと15年~20年。
その頃には、設備という設備が寿命を迎え、更新時期にあることも考慮したいところです。
設備は、建物本体の性能を向上し、余力があれば選択するくらいの考えでいいのではないでしょうか。
ZEHはけっこうなお話ですが、富裕層にしか普及するのでは意味がありません。
もっと幅広い層に普及する割安な断熱住宅がどうして示されないのでしょうか。
ZEH(ゼロエネルギー住宅)の考え方。余力があれば設備も重視したいが、あくまでも高断熱・高気密が大前提。出典:資源エネルギー庁
樹脂サッシ+トリプル(ガラス)の高断熱開口部は、広くとっても熱損失は少なく、ワイドな眺望が確保される。吹き抜けでも温度差はないのは、躯体の高断熱・高気密化による。by CASA SCHWANCK
温熱環境には無関心な日本
日本の世帯当たりの用途別エネルギー消費量は、暖房用が多くを占めます。
猛暑の夏は冷房をたくさん使いますが、エネルギー消費の全体でみると、わずか2%にすぎません。
イギリスやドイツの暖房用エネルギー消費量は、いまだに日本の3倍以上。
冬期の平均気温がほぼ同じ東京とローマを比較しても、ローマの世帯あたり暖房エネルギーは東京の4倍近くも消費されています。
気候はもちろん、全館暖房と部分暖房という手法、文化の違いもあるでしょう。
家の性能は低くても倹約し、我慢をしながら、寒さ暑さをしのぐ日本との生活様式がそれに影響しているのは想像に難くありません。
しかしながら問題はそう簡単ではなく、日本の家庭用エネルギー消費量は急増しており、国際的にも突出しつつあります。
暖房や給湯に関わるエネルギーはさほど増加しているわけではないのに、家電製品や照明などのエネルギーが増加しているのは、夏暑い、冬寒い不健康な家で、大型テレビや冷蔵庫、パソコンやゲーム機にあふれた、偏った部分でのエネルギーが増加していることでもあります。
性能ともったいないの精神
昔のように我慢を美徳として生きるのというのも選択肢の一つですが、4人に1人が高齢者になろうとしている日本の社会では、理想の選択とはいえません。
欧米並の快適な温熱環境や長い寿命の家は理想ですが、真冬もTシャツ一枚で生活するのがゆたかさでもないはずです。
暖房設備をフル回転しても暖房時で20℃、冷房時で30℃にしかならなかった従前の生活を踏襲しながら、少しのガマンをプラスして節約を考える――というのも日本人らしい生活スタイルです。
繰り返しますが、それでも、家の断熱性能は高いレベルをめざします。
冬は重ね着をし、夏はエアコンも使うが扇風機や団扇も使う。冷暖房は連続運転。以前の家より省エネとする。光熱費も同程度か、安いこと。真冬の深夜でも、パジャマ1枚での介護が可能。これで文句はありません。
こうすることで、家計にやさしくCO2削減も可能になり、生涯にわたる暮らしが保証されます。
これが「居住福祉」の原点ともいえる考え方です。
開口部の選択も重要。開閉できる窓、できない窓。外開き、内開き、木製サッシ、樹脂サッシなど、近年の断熱窓はバリエーションが豊富。サッシと窓の性能も確認する。ドレーキップは熱損失も最小限。by CASA SCHWANCK
居住福祉の先進国をめざす
高い性能の家での暑さ寒さは、これまでのそれとは質が違います。
意図的に冬は全館どこでも20℃、夏はすべての空間を30℃にでも制御することができる家でもあります。
ヒートショックの危険性は以前もここで書きました。この予防効果も見逃せません。
湿度は適度に調整され、空気質も24時間きれいな状態が維持されます。
結露が解消され、結露が少ないことでカビが抑制され、カビをエサとするダニも少なくなります。
昔の家の20℃と高性能の家での20℃の違いは、以前にもここで述べた「輻射熱」が大きく影響し、冷暖房ともに温度のやわらかさのようなものが実感できます。
わかりやすくいえば、低い温度でも暖かさを感じる、高めの温度でも爽やかさを感じる空間です。
こうして実現される温熱環境は、介護の状態になっても、施設や病院と同じレベルの快適さで弱った身体を支えてくれます。
そうした家で試みる「もったいない精神」の体現は、強靱な精神力や身体能力を要するものではありません。
性能の高い家をつくり、そこで日本人の持ってきた身体性や文化性をプラスして継承するのです。
日本の住宅行政はまだまだ大企業任せですが、こうした視点が徹底されれば、世界に誇る【居住福祉】の実現も可能となります。
私たちはテレビやスマホを購入する際、スペックは考慮しても、半導体の数や生産工程までチェックして買うわけではありません。
それと同じで、1日でも早く、断熱工法など学ばなくても、誰もが安心して暮らせる家、省エネで長く使うことのできる家が、日本のスタンダードになる日が来ることを願うばかりです。
変わらないことが大切なことがあるように、変化しなければならない大切なこともあります。
私たちに求められているのは、どんなもの、どんなことでも、対極にある双方を統合して眺める平衡的な視座です。
二つの眼は、そのためにあります。
1.高断熱・高気密の「性能」――Q値、UA値、C値などを理解しておく。これらの性能値は光熱費、省CO2、人と建物の健康にも直結する。
2.外断熱、内断熱、断熱材の種類によってメリットもデメリットもある。近年は「外」と「内」を一緒にした付加断熱も普及。工法で選択するのではなく、お目当てのビルダーが、その工法で、これまで何棟の実績があるのか、平均的な断熱性能と1家庭当たりの平均光熱費(全館暖房を前提にして)、トラブルの有無などから判断し選択することがベスト。計算上でのUA値は高くても、開口部の断熱に配慮せず、窓周りが結露でびしょびしょになるような「高断熱・高気密」も存在する。
3.断熱・気密などの数値を上げることは大事だが、そのビルダーが可変性やユニバーサルデザインにまで秀でているとは限らない。技術力とデザインのレベルのバランスも考慮する。性能が高いことは必須だが、それだけが家の条件ではない。
4.ZEH=ゼロエネルギー住宅は設備優先で考えない。本体の高断熱・高気密が大前提。補助金を得るために、高額な建築費を出費するのでは本末転倒。
5.高い断熱性能を確保したうえで、これまでの日本人の暮らしを継承した「もったいない精神」も継承したい。自然エネルギーの活用にも積極的に取り組む。本来は生活上の工夫での省エネが基本だが、身体が弱ったり、障がいをもっていては制御ができない。どんな身体状況でも家族の健康を守るという前提での省エネで快適な温熱環境と考えたい。
6.真冬の室内でTシャツ、短パンで過ごすのが目的ではなく、エネルギーを節約しながら、生涯、健康を害さない環境を低いコストで実現するという基本を忘れない。エネルギーを大事にしようとする「人」の意識が大切。
7.気密測定は必ず実測してもらう。理想は2.0㎠/㎡以下。できれば、0.5㎠/㎡以下の気密性能が理想。私の知るビルダーの中では0.1㎠/㎡がふつうになっています。
8.断熱性能はパソコンの計算上で数値をはじき出すことでき、完成後の欠損などを把握しにくい。この点からも、数値よりもこれまでのビルダーの実績を把握したい。
9.UA値でいうと「0.46W/㎡・K」が現行基準の北海道仕様。関東以西の地域もこのレベルをめざすことで、年金生活になっても最小限の光熱費で生活できる。
10.ただし、このレベルでも、先進国のなかでは最低レベルの断熱性能。次世代に生きる子どもたちへの継承を考えるとき、やはり、家の「燃費」は重要事項。
性能の裏付けのない住宅を建てることは、リッター何キロ走るのか明示されないクルマを購入するのと同じです。