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【温度・狭さ・動線】=日本の住宅が見落としてきた3つの弱点=バリア。

 

 

 

 

 

 

 

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住宅のバリアというと段差解消と手すりの設置くらいしか思い浮かばない人がほとんどではないでしょうか。加齢後、あるいは身体に障害を持って初めて気づくバリアもあります。できるだけコストをかけずに安全な環境をつくることが大切。バリアフリーに関しては何度かに分けて解説しますが、ここでは日本人の多くが見落としがちなバリアについて。

 

Contents.

 

新築の家にも多くのバリア

取材で新築の家におじゃますると、瞬時に、たくさんのバリアが目につくことがあります。

繰り返しますが新築で、です。

 

ちょっと腰を痛めただけで、靴を脱いだり履いたりできそうもない玄関。

手すりも椅子も、椅子を置くだけのスペースもないのです。

 

片足をのせた瞬間、ズルッと滑ってしまう玄関マットやキッチンマット、バスマット。

ツルツル滑る床、急な階段でのスリッパ。

スリッパは玄関、トイレ、キッチンにもあります。

靴下を履いたまま、内側で足がツルツル泳ぐスリッパほど、危険なものはありません。

 

端っこの部分で腰や肘を打ってしまいそうな手すり。

小さな子どもが頭をぶつけてしまう、そんな位置にあることあります。

 

少し膝を痛めただけで昇降がきつそうな階段の蹴上げ。

キッチン上の、頭をぶつけてしまいそうな吊戸棚や換気扇の角、などなど。

 

家の中に入って10分もしない間に、感じるバリアです。

それらのバリアは、まさに、プロも施主も見落としてきた住宅の弱点でもあり、危険部位でもあります。

 

 

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温度のバリアは最重要課題

お年寄りや介護を必要とする人がいるのに、リビングや寝室と廊下、トイレ・浴室の温度差が10℃以上もあるのは温熱環境のバリア。

浴室で年間14000-19000人以上が亡くなっているのは、屋内の寒暖差が原因といわれるヒートショック。

 

パジャマや寝間着で過ごせないほどの寒さがある家は、健常な人まで病気やケガに導き、障害を持った人はさらに暮らしにくい家といえます。

在宅介護も難しくするでしょう。

 

リハビリを阻むバリアもあります。

脳卒中で倒れ、運よく命が助かったものの、数カ月のリハビリを果て帰宅した自宅の原因がそのままでは、何のための回復だったのかわかりません。

 

トイレ、浴室の温度が、居間と比べて10℃以上も違う家では、またヒートショックを生み出してしまうかもしれません。

ちなみに、寒い部屋でのいちばんの温度差はいつ、どんな場所か、おわかりですか?

※正解はいちばん下に※

 

 

 

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 トイレイメージ

健常者ばかりの家族でも、万一、車椅子を使用することなったら、という視点をどこかに潜ませておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

交通事故より住宅が危ない

認知症の母親を自宅で介護したとき、玄関のドアを開閉するスペースが足りず、車椅子での出入りはできませんでした。

 

真冬になると、直したはずの玄関上の屋根から滴が流れ、ステップを凍らせます。

凍結したステップは、母とデイサービスのスタッフ、そして私を転倒させ、ケガをさせました。

 

100回の訪問介護より、1回の外出を大事にすべきなのに、我が家のように、出入り口がバリアになっている家が大半なのです。

 

立ち上がって一人でトイレに行くこともありましたが、ドアが開けられないことも、母との同居で初めて知ったバリアでした。

 

ドアノブを左右にグルグル回すだけで、開け閉めする方法を忘れてしまっているのです。

レバーハンドルに変えましたが、ドアを引き戸にしておけば、こんな苦労はなかったのにと後悔ばかりでした。

 

厚生労働省の人口動態統計によると「家庭における主な不慮の事故」の死亡者数は、年間1万4175人(2016年)。

同年の交通事故死者数は5278人ですので、交通事故の3倍もの人が家のなかで亡くなっていることになります。

 

転倒した場所では「庭」「居間・茶の間・リビング」「玄関・ホール・ポーチ」「階段」「寝室」の順。

気を付けるべきは、クルマでも屋外でもない、「家」なのです。

 

健康な生活を送る期間を示す「健康寿命」は、2016年で男性72.14歳(同年の平均寿命は80.98歳)、女性74.79歳(同87.14歳)。

健康寿命から平均寿命までの期間は「要介護期間」と言い換えることもできます。

それが在宅介護の場合は、その日から家族全員の生活に大きな影響を及ぼすことになります。

 

このほか、スイッチ、コンセントは見やすく使いやすいものに変更する、加齢後は明るめの照明に切り替えるなど、設備や照明器具に関しても、少しの工夫で安全性を高め、バリアを解除することにつながります。

これらのことは今後も折を見て、詳細についてふれていきます。

 

 

 

 

 

 

 

段差解消よりも大切なこと

日本の住宅は尺貫法のなごりから、もともと屋内に多くの段差、高低差がある構造です。

バリアフリーの代名詞が、段差の解消と手すりの設置ですが、バリアは高低差だけではないことは前述したとおり。

 

特に高齢者や身体に障がいを持った人にとっては、靴の脱ぎ履き、布団での寝起き、浴槽をまたぐ・浸かる、トイレにしゃがむ・立ち上がるなどの日常動作が負担になり、屋内での移動、屋内・屋外間との移動にも十分な配慮がないと、介助をする側にとってもバリアとなります。

 

段差を解消するだけではなく、逆に40センチの段差を付ければ腰掛けることもできます。

浴槽をまたぐのがつらいことを想定して、半分埋め込む手法もあります。

 

玄関には最初からスロープを付けるか、もしものときのために、そのスペースだけを確保する。

 

手すりも同じです。

最初から手すりだらけにすることより、もしもの場合に設置できるよう、必要と思われる部分を補強しておくだけですと、新築時、コストの削減にもなります。

  

 

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開けたり閉めたり自在にできるのは引き戸を多用してきた日本建築ならではのメリット。狭い「ウサギ小屋」をたくさんつくるのではなく、開閉自在、可変性を意識するのもバリアフリーの基本。

 

 

 

 

 

 

必要な場所だけ広さを確保

見逃されがちなのが「狭さ」です。 

 

車椅子になった場合でも、一人で利用が可能なトイレや浴室。

在宅介護の際、介助者がケアしやすい動作空間を確保した寝室。

障害を持ったときに両側に手すりを設置してもスムースに移動できる廊下や階段の幅――など「狭さ」をバリアと捉えた対処をすることで、健常者の暮らしも快適になることに私たちはなかなか気づきません。

 

広さは、あとで仕切ったり、棚を置いたり、モノを飾ったりで何とでもできますが「狭さ」を解消するには、広くするほかはありません。

柱や壁はそう簡単に動かせるものではなく、あとになって広さを確保するのは大工事になります。

 

街なかや公共施設のバリアフリートイレを使ったことがありますか。

車椅子でも使用できるトイレですが、障がいを持った人だけでなく、健常者にも使いやすいことがわかります。

 

新築やリフォームの際にも、「車椅子を使うとしたら」という前提で計画に臨むと日常でも使いやすく、障害を負ったときにも安心な空間が実現しやすくなります。

 

展示場などの見学の際には、この部分で車椅子を使うとしたら、回転できるだろうか、すれ違うことが可能か、介助する人の使い勝手は…などを想定しながらスケールを想像すると、おおよその見当がついてきます。

 

車椅子でも使いやすい空間は、健常者にも使いやすいのです。

 

そんな大きな家はつくれない。

延床面積の話ではありません。

どんなに大きな家でも、居室を数多く設け、壁や廊下で空間を分断する家は狭さを感じる家になります。

反対に、どんなに小さな家でも、居室の数ではなく、空間で考えることで、おのずとバリアが解消されるわけです。

 

 

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廊下のいらない設計が基本

リビングや寝室からトイレ、浴室などへの動線は短く、太く(幅)が原則。

 

寝室、トイレ、浴室などの広さ、廊下やドアの幅なども車椅子の使用を想定します。

ほんとうは、廊下などはないほうがよいのですが、躯体全体の断熱性能を高めることをせずに、居室ごとに冷暖房をしてきた日本の家では、

寒い・暑い→

広い面積は暖まらない・涼しくならない→

居室ごとに間仕切りをする→

居室ごとに温度が異なり、居室ごとに冷暖房設備がいる→

居室と居室をつなぐ廊下ができる→

廊下やトイレ・浴室などは居室ではないので冷暖房設備を入れない→

温度差ができるヒートショックや結露の問題が解消されない、

という図式が繰り返されます。

 

どうしても廊下をつくる場合(廊下は不要というのがこのサイトの基本です)は、90センチ幅では到底使いづらく、120センチでもつらいくらい。

可能であれば140センチ幅くらいにすると、車椅子の回転も可能で、介助も楽です。

 

実際に使うことがなければそれはそれでいいのですから、幅が気になる場合は、文庫本を置く薄めの本棚など設置するのも方法です。

 

階段(幅・蹴上げ高)は身体が不自由になったときを考え、一人で昇降ができるかどうか。両側に手すりを付けたら、どのくらいの幅が必要かなど、車椅子でなくとも、腰が痛いことを想定してみるだけでも、多くの課題が見えてきます。

 

片側だけの設置でいいわけではなく、できれば両側に手すりがあるのが理想。

そう考えると、今度は幅の課題も浮上してきます。

 

今回は具体的なスケールの提示はやめておきますが、こうした視点を持つだけで、健常な人にもゆったりと大らかな空間となり、加齢後も余計なリフォームの必要のない暮らしやすい住宅に近付けるのです。

 

繰り返しますが、家全体を大きくするのではなく、必要なところをきちんと広くする、ということです。

 

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おすすめの本
 
住宅のバリアフリーに関しては、たくさんの書籍が出ています。
しかし、一般論に終始している内容が多いのは、実際に生活する場でのバリアの捉え方が、そこに住む家族の身体状況、性格、性別、年齢、体格、障がいの有無などによって、大きく異なるからです。
 
社会学者の上野千鶴子さんががんの在宅看取り率95%を実践する医師に「ひとりで家で死ぬ」ために67の質問をしてまとめたものです。
 
医学的、福祉的、制度的なものが網羅されていますが、残念ながら、建築環境的な素材が不足しているといわざるを得ません。
 
しかし、この1冊で少子高齢社会における独居世帯での在宅看取りに関する情報の多くが把握できます。
 
どんな人でも、最後は一人暮らしになる可能性を持っています。手元に置いておくだけでも、貴重な資料になります。
 
 
※正解
寒い寝室でヒートショックの起きやすい温度差は、布団をめくって起き上がった瞬間。そこで一度目の血圧上昇があり、寒い廊下やトイレ、脱衣場などで二度目、三度目、熱いお風呂に入って血圧が急下降した後は、また寒い脱衣場で急上昇と、リスクが高まります。居室間の温度差があまりなく、全館暖房が普及した北海道での脳卒中の死亡率は47都道府県で常に30位以降です。