Where we belong.

家を知る・家に住む・家で暮らす、そして私たちの居場所について。

家のなかは引き戸だけで十分という根拠。

 

 

 

 

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テレビ小説「おしん」に登場する引き戸のこと

この春からNHK BSプレミアムで「おしん」(原作 橋田壽賀子)が再放送されています(月~土 7:15~7:30)。1983年からNHKで1年間放送され、平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%とテレビドラマ史上最高視聴率を記録した名作で、朝の連続テレビ小説の金字塔とも称される作品です。
 
山形の貧しい小作農家に生まれた少女が、戦中・戦後の混乱期を逞しく生きた軌跡を辿る物語。奉公に出された幼いおしんの涙ぐましい努力の様子とともに、毎朝、目を凝らして観てしまうのが、当時の農家や豪商の建物の構造です。


雪深い地方にもかかわらず、一般の住まいや農家、商家の玄関、出入口にも引き戸が使われ、住人たちはギーコギーコ、ギシギシっときつい引き戸を開けたり閉めたりして暮らしています。
 
幼い子どもには特に、雪や雨でたてつけの悪い引き戸の開閉が大変。おしんの生家では、引き戸の周囲の隙間から雪も風も家のなかに入り込んできます。
しかし、夏になると、玄関や縁側の引き戸は全て開放され、涼を得ているところを見ると、やはり日本の家は「夏を旨」として建てられていることに気づきます。冬はじっと我慢なのです。
 
引き戸は玄関だけではありません。寝室も納戸も、奉公人たちが寝泊まりする部屋も、物置や厠まで、ほとんど全ての建具が引き戸です。
一度気になると、登場人物たちが、スムーズに開かない引き戸をよいしょよいしょ、と力を込めて開ける場面ばかりが気になって、物語の展開がそっちのけになって困っています。

 

 

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子ども部屋にはあえてドアを設けず引き戸とした。家族の気配を遮断してしまわないための配慮。

 

日本独自の建具として発展した引き戸の機能

平安時代には、衝立、屏風など間仕切りするものはまとめて「障子」と呼ばれていました。それが開閉できる機能を備え、外部と仕切る建具として引き戸が生まれ、屋内でも柱と柱の間に襖ができ、それらも引き戸となったのです。
 
開ければ大空間、閉めれば狭い空間になる引き戸は融通性に富んで、現代でも日本を代表する建具として根付いています。
石造りの壁に穴を開けて開口部=窓・ドアにしたのが欧州の家づくりなら、柱を立て、それらを梁でつないで開放的な構造としたのが日本伝統の軸組み工法。もともと柱と柱の間が開口部のようなつくりでしたので、間と間をつなぐ戸が「窓」となり、引き戸が生まれたのは必然ともいえます。
韓国や中国にも障子や襖のような引き戸は存在しますが、装飾のない板1枚の引き戸があるのは日本だけといわれています。
 
大きさや幅を自在に調整でき、複雑な金物が不要なのも引き戸の利点で、もともとはレールや戸車、鍵などの金物が一切使われませんでした。それが冒頭で紹介した「おしん」に登場する家々の、ギーコギーコ、ギシギシっと開閉するシーンに結び付くのです。
 
乾燥し冷涼な気候の欧州では、自然界と家を遮断する構造に穴を開けて開口部とし、密閉性の高いドアを選択しました。これに対し、高温多湿で雨の多い日本では深い軒を設けて窓は開けっ放しでもいいように引き戸を設けることが多くなります。気候風土の違いで建具まで異なることは興味深いところです。
 
 

閉めれば「個」の空間になり、開放すれば「公」の空間に変わる。この融通性が日本固有の引き戸の魅力。


大きな空間を小さくもできる曖昧性の魅力

戸建て住宅では玄関を引き戸するところが多く、家のなかにも襖や障子が引き戸として活躍しているはずです。わずかな力で開閉が可能で、その開閉に必要な面積もドアより少なくて済むといった理由からでしょう。


ドアの開閉のために、一歩二歩下がって開けるには90センチ幅程度のスペースでは間に合いません。その点、引き戸は横にスライドするだけなのでスペースも最小限で済み、敷地の狭い都市型住宅でも便利です。
大きな荷物を手にしたまま出入りもできますし、ベビーカーでもOK。片手で戸を押さえていなくてもいいのは意外と気づかない魅力です。

 

近年は断熱ドアに負けない断熱性の高い玄関引き戸もあり、雪の多い地域でも増加しています。
屋内で使う場合は防音性が問題とされてきましたが、防音性の高い製品が出回っており、生活音を気にする家庭でも安心です。
 
ドアを開けておいても、向こう側と空間がつながる感じはしませんが、引き戸の場合は、開けておくだけで空間が一気に拡大します。
もともと大きな空間を必要なときに開けたり閉めたりする建具ですので、引き戸にする場合は出入りをする機能を求めるのではなく、2室を1室にしたり2室にしたりする柔軟かつ曖昧な建具として発想するほうが自然かもしれません。
 
                                                                                           
 

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ドアだとその都度開閉の手間がかかるが、引き戸だと開けっ放しにすることで空間がつながり動線もスムーズ。トイレもサニタリーも引き戸でやわらかく仕切る。



指1本で開閉できるバリアフリー性

引き戸はバリアフリーの建具でもあります。

車椅子での移動を想像してみてください。ドアの前に車椅子を移動します。ノブに手をかけて開ける。ドアが進行方向に開くのであれば問題ないのですが、逆の場合は、いったん車椅子は奥に下がり、開いたスペースに入り込むようにして前進して侵入する格好となります。
 
西洋のドアは進行方向に開く仕組みですが、日本のドアは外向きに開く仕組みが大半です。特に玄関ドアは外開きばかりで、玄関で靴を脱ぎ履きする習慣のためにというのが理由でしょう。

車椅子だけではなく、家を訪ねてきたお客さんも「こんにちは」と玄関チャイムを押したあと、家の人がドアを開け、お客さんはドアが開く分、一歩退くという行動パターンになってしまいます。
 
ドアの開閉にはノブを握っての操作が前提ですので、お年寄りや脳卒中の後遺症などで左右の半身が不自由な場合は、困難が生まれます。
その点、引き戸は車椅子での移動の際も、指1本のわずかな力で開閉でき、段差や通路で戸惑うことも少なくなります。下にレールがない上吊り引き戸ならば、床面に凹凸がなくひっかかることもありません。
 
浴室や洗面所、洗濯コーナー、トイレなども引き戸にしておくと、車椅子ばかりでなく、健常者の使い勝手も快適です。防音が必要なところだけ気遣いするだけで、屋内にはドアが1枚もなくたっていいくらいといっても言い過ぎではないでしょう。
 

2階の居室もそれぞれ引き戸とした。ふだんは開放しておくことで熱の滞留も防ぐことができる。

 

 

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生活シーンで引き戸のアイテムを使い分ける

引き戸を左右にスライドするスペースがあれば、引き戸は基本的に設置する場所を選びません。

引き戸というと引き違いを先にイメージしますが、1枚戸を壁に沿って開閉する「片引き戸」もあり、1枚を開けると2枚、3枚と連動して開くタイプの引き戸もあります。壁の内部に引き込みをつくり、開け放ったときにはそこに収納する「引き込み戸」も人気です。
 
2枚の戸を左右に開ける「両開き戸」は間仕切り用の扉としても便利。壁の上部のレールから吊る「上吊り戸」タイプは、床にレールがないので車椅子でも移動は楽ですし、つまずくこともなく、掃除も楽。何より片手でもスムーズに開くので、引き戸のなかでももっともバリアフリータイプといえます。
最近の製品のほとんどが、勢いよく閉めてもゆっくり閉じるソフトクローズ機能がついているのには進歩を感じます。
 
リフォームの場合も、壁を壊さないで半日程度で施工できる玄関引き戸も登場しています。リフォームの際、屋内のドアを引き戸にすることで、移動は快適になり、バリアが開放される場所が増えるといいですね(取り付け場所や体力壁の有無などで難しい場合もあります)。
 
空間を固定するのではなく、開放も間仕切りも自在にする引き戸は、千年もの歴史を経て、いまもなお日本の住まいで機能する建具です。
空間の伸縮を可能にすることは、その都度、必要に応じて生活空間を伸縮させる暮らしの知恵の体現でもあります。
機能=居室としてきた西洋の住文化と曖昧さを旨としてきた日本の住文化を決定づけてきたのは、引き戸と言い切ってもいいのはないでしょうか。

 

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ドアの場合はそれぞれに開閉のスペースが必要となるが、引き戸にはそれがない。開閉も指1本でできる自在さがいい。

 

 

おすすめ図書

山川紘矢・亜希子さんはご夫婦ですが、揃ってスピリチュアルの世界では有名な翻訳家で、個々人の著者もあります。

あなたの本棚も眺めてみると、きっと何冊か並んでいることでしょう。

私のなかでは「アウト・オン・ア・リム(角川文庫)」がもっとも古く、大切な1冊になっています。

Out on a Limbとは、「木の上の果実(真理)を得るためには、“危険を冒して”枝の先まで行かなければならない」という意味。

著者はアカデミー女優でもあるシャーリー・マクレーン。かつて「実利的な合理主義者」だった著者ですが、スピリチュアルな世界の存在を認めるまでの過程が書かれています。

30年以上も前の本ですが、全米で300万部を記録した余韻はいまも感じることができます。

スピリチュアルとはいうものの、人間世界はもともと、こういう不思議さもコミコミでの世界であることに納得するのです。

 

 

 

 

   

 

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