Where we belong.=【家を知る・家に住む・この家で生きる】

そして、私たちの「居場所」について。

【きれいな暮らし】=ミニマリストでもエコロジストでもなかった彼女の日常。

 

 

 

 

 

 

Photos by Sweet Potato..

ミニマリスト、エコロジー、SDGs。環境に負荷をかけないシンプルな暮らし、が流行です。あえて「流行」という言葉を使ったのは、この半世紀の間だけでも、何度もかたちを変えてサステナブルな暮らしが多くの人に標榜されながら、ほとんど全てが消え去っていったからです。参考までに日本の家庭部門のエネルギー消費量は、1973年度を100として2018年度は185.6と約2倍に増加。便利さを求め、快適であることを当たり前のこととして享受してきた私たちが忘れ去ってしまったこととは。


Contents.

 

シアワセそうな野菜を育てる人

オッコちゃんの家は20坪ほどの小さな平屋で、敷地は50坪弱しかありません。

60年くらい前に建てた家です。

北側に面したさして広くない庭では、雪が降る少し前までたくさんの野菜が育てられていました。

 

オッコちゃんは農家の生まれですが、農家が大嫌いだったといいます。

それで「安月給でもいい、のんべえでもいいから勤め人」とお見合いしてこの町に嫁ぎ、それからずっと、洋裁の内職で家計を支えながら2人の子どもを育ててきました。

 

子どもたちはすでに独立して県外に住み、30年前にご主人が亡くなってからは一人暮らしが続いていました。

 

ある日の帰り道。

通りに面した庭の花や野菜が、あまりに気持ちよさそうに空を仰いで見えて、庭にいたオッコちゃんに

「シアワセそうな畑ですね」

と声を掛けたのが出会いのきっかけでした。

 

 

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野にも畑にも恵みを見出す知恵

「畑なんておおげさなものじゃないけど」

とオッコちゃんはいいます。

 

20坪の広さもありませんが、春、夏、秋…と順繰りに季節の野菜を育てていけば、自分が食べるくらいの野菜は自給できるのだそうです。

 

小さな畑はいつだって季節の花や野菜で彩られ、その美しさといったら、プロのガーデニングにも負けてはいませんでした。

野菜の花がこんなにきれいだったことも、初めて知りました。

 

花と花の間や畑の縁のあたりまで、ありとあらゆる野菜が植えられています。

「畑では自然に身体が動く。嫌いだったはずなのにねえ」

オッコちゃんははにかんで笑いました。

 

春は道端でタンポポをたくさん摘んできます。

根を刻んで干し、それを粉にして飲むと、コーヒーのような味わいで、胃薬にもなるといいます。

 

散歩のついでにヨモギも摘みます。生葉をつぶして汁をとるのです。

熱のあるときには、少し飲むと熱が下がる。

傷には揉んで汁をつけると、薬になります。

 

 

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梅肉エキスや豆乳も自分で作る

近所の人から分けてもらった青梅を何時間も煮詰めて、梅肉エキスも作りました。

4キロの青梅から200グラムくらいにしかなりません。

体調の悪いときには耳かき1杯ほどを湯に溶かし、蜂蜜を入れて飲むと、血液がきれいになって、調子が戻るといいます。

下痢などもすぐに治ってしまいます。

 

畑の大豆はジューサーで砕き、搾って、豆乳づくり。

青野菜やニンジンはこの豆乳と一緒にジュースにして朝食にします。

こんな朝食ですが、20代のときに盲腸で入院した以来、大病を患ったことがないというのが、オッコちゃんの自慢です。

 

料理は途中でガスを消し、余熱を計算のうえで仕上げます。

あとで洗うのが面倒だと、取り置きの牛乳パックを裂いてまな板代わりに使うのは、すっかり習慣になりました。

 

油を使った料理はあまり作らないので、ほとんど洗剤は使いません。

米のとぎ汁は、床や柱を拭くときに使うと、木の艶が出ます。

残ったものは、畑に丁寧にまきます。

そのときには、必ず「ありがとうね」の声掛けをします。

 

食器も調理道具も、半世紀近く使ってきたものばかり。

包丁は買った当時の3分の1くらいが研ぎ込まれ、細くなりましたが、その切れ味は鉛筆をすっと削れるくらいの鋭利さです。切り口ははっと声を上げそうになるほど、きれいです。

洋裁の職人さんでもありますので、刃物を研ぐのは朝飯前なのでした。

 

 

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衣服も水もリフォームして使う

数年前、断熱改修工事をしました。

24時間暖房でも暖房費は以前の約半分になったといいます。

 

「家に温度差があるとね、脳卒中になりやすいんだ」

と家についての知識を少し自慢しました。

実は、この話、私がアドバイスをして、業者さんまで紹介して実現したのです。

オッコちゃん、すっかり忘れています。

 

新しい服はほとんど買ったことがありません。

衣類は古着をリフォームして着回し。

だけどオッコちゃんの服はいつだっておしゃれでした。

半世紀以上も洋裁をつづけてきた職人さんです。

 

入浴は週2回。

水は1週間そのままで、追い炊きをしながら繰り返し使います。

浴槽には、みかんのネットに入れた備長炭が数本。

木炭は水の汚れをとり、温度が上がると遠赤外線を出して身体の芯から温めます。

このことは、子どものときから知っていました。

 

わずかな年金暮らしですが、孫たちの誕生日や正月には、チラシの裏に鉛筆でお手紙を書き、それで千円札をくるんで普通郵便で送ります。

封筒は、誰かからもらった手紙を裏返してまた糊付けし、再利用したものです。

 

「オッコちゃんの生活ってエコですね」

耳の遠いオッコちゃんは「エッコでない、オッコちゃんだ」と言いました。

 

 

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その花が美しく見える理由とは

息子さんの家に引っ越していったのは、84歳の誕生日の1週間前のことだったと思います。

 

その8カ月前。

家の前で転倒して入院し、退院後も以前のように身体が動かなくなってしまったのです。

ほぼ同時期に、認知症の症状も始まりました。

 

オッコちゃんがいなくなって1年。

一度、リフォームした家の外壁はブラウンから少し明るめのベージュに塗り替えられ、室内はまた、フォームされました。

きっと、若い世代に気に入られるような壁紙になったはずです。

畑は更地にされ、真っ赤な文字で描かれた「売物件」の看板が立てられました。

 

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「家の中に活けられた花が、時にはっとするほど美しいのは、それを手折った時の人の心が、はっとするほどに美しいからである」

 

詩人の山尾三省の言葉です。

 

オッコちゃんの生活がいつも「はっとする」ほどきれいに見えたのは「エコ」とか「ミニマリスト」といった言葉とは無縁の、やさしいけれど凄味を孕んだ哲学に裏打ちされた暮らしの実践があったからかもしれません。

 

どんなに小さな生活でも、それを深めた人だけがのぞき見ることのできる世界があります。思想、哲学はそれらに比べ、冷たく、薄っぺらに見えることがあります。

 

 

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おすすめの本

 山尾三省(やまお・さんせい)、詩人、1938年東京生まれ。1973年、家族と、インド、ネパールへ1年間の巡礼の旅に出る。1977年、屋久島の廃村に一家で移住。以降、田畑を耕し、詩の創作を中心とする活動を屋久島で送り「地球即地域、地域即地球」を実践。2001年8月、屋久島にて逝去。野とともに生きること、家族とともに生きること。詩や散文作品から、地球に、地域に根差し、祈りの生活を続けた言葉は、いまも宝物です。