Where we belong.=【家を知る・家に住む・この家で生きる】

そして、私たちの「居場所」について。

【照明計画】=ほんの少し陰翳を意識するだけで空間が艶っぽくなる。

 

 

 

 

 

(出典:utwo)
日本家屋や身近な漆器,食物などが「常に陰翳を基調とし、闇と云ふものと切れない関係にある」と綴った文豪・谷崎潤一郎。数十年前まで、日本人の暮らしのなかに当たり前に存在した「陰翳」に美を発見し、その価値を世界に知らしめた功績は、海外でも高く評価されています。いまや日本の町も建築空間も、明るいだけの、のっぺりとした空間が多くなってしまいました。照明の基本を学ぶにはいささか物足りないかもしれませんが「陰翳」をキーワードにするだけで、今日からわが家の空間に違う表情を発見できるかもしれません。

 

Contents. 

 

明るさと闇の間にあるもの

インド北部の、あるいなか町を歩いていたときのことです。

現地で知り合った人から夕食に誘われ、郊外のご自宅におじゃますることになりました。

 

駅で待ち合わせをし、そこから細い道を縫うようにして家に向かいます。

道には街灯もなく、民家もわずか。

20センチ先も見えない闇のなかを延々と歩くのです。

 

生まれて初めての「漆黒の闇」。

すれ違う人もいるのですが、目の前に来て初めて人の気配を感じます。

もっと驚いたのは、懐中電灯なしで深い闇のなかを自在に歩く彼らの視力です。

「あそこの角を曲がれば着きます」といわれても、こちらにはまったく見えません。

 

家に着いて、なかに入ると、土間に敷物一つと古いソファが置かれた狭いリビングが、裸電球のオレンジ色に染められ、うっとりするほどきれいに見えます。

高齢のご両親、若い奥様の彫の深い顔にはさらに深い陰翳が刻まれ、彫刻のような美しさを湛えて見えます。

 

闇のない場所で生まれ育った私たちにとって、ほんとうの「闇」は物語の世界でしか体験できなくなってしまいました。

 

美しい陰翳を理解することが難しくなっている。

私たちは、すでにこんな時代に生きているのではないかと感じた体験でした。

 

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暗がりを原点に据えた芸術

京都で二条城を見学したときのことです。

夕刻の城内に入ってまず目に入ったのが、広大な畳の間の拡がりと長い廊下に沿って連なる鈍く光る襖、黄金に輝く天井。

 

荘厳といえるほどの装飾、意匠ですが、それらが陽の暮れが近い自然光のなかで、日中とは全く異なる、重厚な輝きを放っていることに気づきます。

 

陽が暮れても、そこに行燈、燭台などが1脚でもあれば、何十畳もの広さが闇で覆われていても、1点1点の装飾は淡く闇のなかに浮かぶはずです。

静謐ではあるものの、豪華絢爛の空間がそこに出現することが容易に理解できます。

 

蛍光灯のように全体を照らす灯りでは逆に、金屏風は輝くことはできず、安っぽく見えてしまうでしょう。

 

最小限の灯りでこそ、微細な装飾が闇に浮かぶ灯りや絵画の基本を、大工や絵描きたちは熟知していたに違いありません。

 

あのような日本建築は、日がとっぷりと暮れた時間にこそ、見学させるべきではないかと思いました。

 

 

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空間全体を光で待たすのではなく、弱い灯りを点在させるという発想。

 

 

 

 

 

 

 

時の移ろいを味わうセンス

闇のなかで初めて、明るさは意味をもちます。

月の出ない夜の奥深い山のなかでも、ロウソク1本だけで周囲が浮かび上がるほどの明るさを実感することもあるのです。

 

最近の住宅には、昼間の光のような明るさはあっても、闇はもちろん、闇と明るさの間にあるグラデーション=陰翳さらなくなりつつあります。

「ほのか」な灯りといって連想するのは、蛍光灯の豆電球くらいかもしれません。

 

蛍光灯は光源が広く、空間全体が均一に白い光で照らされ、作業には適しますが、陰翳がありません。

 

欧米で蛍光灯といえば、倉庫や工場など作業向けの照明で、一般の住宅ではガレージや地下室にしかないのです。

 

 

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 明るさにも品がある。ほのかであることが、上質な光。

 

 

 

 

 

 

 

天井の照明を何とかしたい

新築の撮影などでうかがいますと、いまもなお、天井に蛍光灯(シーリングライト)が付けられているお宅が大半です。

日本ではもっとも普及している照明手法といえます。

 

和室に行っても、ほとんどがシーリングライトで、床の間の上部にまで蛍光灯があります。

 

花瓶・香炉・燭台(三具足)を備える台が床の間の起源とされますが、いまも掛け軸を楽しむ人は少なくありません。

 

しかし、床の間に飾られた掛け軸や季節の花は、均一な明るさによって美しさを表現されるべきではなく、陰翳での演出が要求されて初めて存在価値を発揮します。

 

数百年前の日本の建築に、蛍光灯はなかったのです。

 

伝統の和室や床の間を再現しても、せめてそこにある蛍光灯は何とかならないものかと、いつも違和感を覚えてしまいます。

 

高級旅館に行っても、畳の間に蛍光灯が当たり前にあり、天井に照明を設けず、行燈に似せた和風のフロアスタンドを置いている旅館は多くありません。

 

床の間に飾る掛け軸や花は、四季折々、朝、昼、夜と光が時とともに移ろうなかで、そその折々の光と陰翳に表情を変える美しさを味わうよう計算されてきたはずです。

 

それを真上に付けた蛍光灯で四六時中同じ光で照らしてしまうと、光や陰の「うつろい」など感じられないのは当然です。

 

それでも人工照明がほしい場合には、ペンダントライトかダウンライトでオレンジ色の淡い灯りで抑えるくらいが、ちょうどいいのではないでしょうか。

 

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床の間

明るさではなく、陰翳を演出することで空間に艶が出る。

 

 

 

 

 

 

世界が賞賛した「陰翳礼讃」

文豪として知られる谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に、こんな一文があります。

諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明りの穂先を捉えて、ぼうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明りを投げているのであるが、私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。『陰翳礼讃』((角川ソフィア文庫))

 

伝統的な家屋では、奥に行けば行くほど闇が重なり、床の間に置かれた季節の花や光を透かす欄間、透明なシェードを付けた電球、襖に描かれた金や白の大華や鶴など、闇のなかでほのかに浮かび上がる「しかけ」がいくつもありました。

 

光があっての陰があるのではなく、「陰」のなかの「光」が計算され、それは意匠でもあったのです。

 

谷崎は陰翳のなかでこそ、建築や庭、食器、能や歌舞伎などの芸術が発展したのが日本の特徴であることを考察していたといえます。 

 

 

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部屋の隅をほのかに照らすと、空間が広がってくる。

 

 

 

 

 

 陰翳のなかで発展した芸術

谷崎は同著のなかで、女性の美にも触れています。 

夜光の珠も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に曝せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はないと思う。つまりわれわれの祖先は、女と云うものを蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)の器と同じく、闇とは切っても切れないものとして、出来るだけ全体を蔭へ沈めてしまうようにし、長い袂や長い裳裾で手足を隈の中に包み、或る一箇所、首だけを際立たせるようにしたのである。『陰翳礼讃』((角川ソフィア文庫)

 

ここでは「蒔絵や螺鈿の器」でさえも「闇とは切っても切れないもの」とし、そこで浮かび上がる美の哲学を「女」にも重ね、このような名文で書きあげているところが、まさに文豪です。

 

陰翳のなかでこそ、建築や庭、食器、能や歌舞伎などの芸術が発展したのが日本の特徴であることを考察していた洞察に、世界のプロがいまも高い評価を与えつづけています。

 

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1灯で全体を照らす発想ではなく、灯りを分散する発想。

 

 

 

 

 

 

光と闇をゆたかに演出する

舞妓さんや芸者さんたちの真っ白なうなじは、ロウソクや行燈など、薄暗い灯りに浮かび上がると、どんなにか色っぽく、艶めいていたことか。

 

想像してみてください。

蛍光灯の下での、舞子さんの真っ白なお化粧は、白すぎて色気どころではないはずです。

 

漆器にも同じことがいえます。

 

個人的には、一切の装飾を排した浄法寺塗りが好きなのですが、この漆器を蛍光灯の真下で見ても少しもきれいではありません。

先に述べた建具の装飾と同じで、わずかな光のなかでこそ、椀の底をのぞくと、奥行きの深い美を湛えて見えるのが漆器の価値なのです。

 

数百年も前の寺社建築、あるいは一般の住居で、行燈や燭台の光だけでも美しさを醸す高度な光のノウハウが、器一つにも凝縮されていることに驚きます。

 

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光がアートになる闇は、そこにいる時間の深さが違う。

  

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ホテルの部屋を参考にする

ホテルの部屋の灯りがスタンドや間接照明ではなく、天井に備えられた蛍光灯の白々とした光だとしたら、くつろぎの時間も半減します。

 

出張を終えて、あるいは昼間の旅を終えて、夕刻、ホテルに入る。

オレンジ色のほのかな灯りだからこそ、1日の疲れを癒してくれるのです。

 

間接照明にはスポットライト・足元照明・壁付照明・スタンドなどのアイテムがあります。

 

小型の照明を、テレビボードやソファなどの後方の床に直置きするだけで、闇が浮き立ってくるのがわかります。

 

お気に入りのアートがあれば、それを天井からピンポイントに照らせば、闇のなかでテーマが強調されるでしょう。

 

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照明計画に迷ったら、ホテルの部屋をイメージする。天井に蛍光灯はなく、仄かな灯りが分散されてていることに気づく。

 

 

 

 

 

 

一室多灯を基本にした計画

外国映画(今回のケースでは、特にアメリカ映画)を観ると、部屋の隅や棚、デスクなど、いくつものスタンドが分散して置かれていることに気づきます。

1つの部屋に5つも6つも設置され、それらを自在にオン・オフすることで幾通りもの灯りの演出を可能にしているのです。

 

クリップ式のスポット灯も手軽に設置でき、照らしたいところに光の強弱をつくることができます。

スタンドもクリップ式も割安なものから種類が豊富に揃っているので、徐々に増やしていく楽しみもあります。

 

間接照明は「一室多灯」が基本なのです。

 

極論だと叱られるかもしれませんが、天井に照明をつけないくらいの覚悟で臨みます。

そして、ある光源は低い位置に置くことも素敵です。

 

光源を分散する、分散した光源をその都度、組み合わせることで、幾通りもの空間の表情を楽しむことができます。

 

空間の重心をつくるのは、明るさではなく、実は闇だったのです。

 

 

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 スポット的な光源は、より強い陰翳を演出できる。

 

ソファやボードの陰に直置きして壁を照らすと空間が幻想的に拡大される。

 

 

まとめ

1.オレンジ色の仄かな灯りは、気持ちを落ち着かせる効果がある。

2.天井に大きな蛍光灯、という図式を卒業し、複数の灯りをシーンに合わせて使い分ける【一室多灯】を間接照明の基本ルールと心得る。

3.照明計画に迷ったら、ホテルの部屋をイメージしてみる。

4.床に直置き、ソファやベッドの陰に置いて壁全体を照らす手法も試してみる。

5.スポット的な光源はより陰翳の強い空間を演出する。

 
 
 
 

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