私たちは毎日、あらゆる「制限」の中で生きています。その「制限」を守ろうとする苦しさから逃れるために知恵を使い、技術を生み出し、少しでも楽になろうと必死です。でも、その逃避が自らの成長の妨げになることもあります。脳内の成長インフラを維持するために、絶対に忘れてはならない、大事なこと。
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偶然に賭けてみる
フィルムカメラをデジカメに替えて20年ほどになります。
当時、ポジ(スライド)フィルム1本の値段は36枚撮りで1000円前後。その現像に、やはり1000円くらいかかりました。
最初に撮影に出かけたシンガポール・ボルネオ(マレーシア)には、36枚撮りのベルビア(フジ)を20本、バッグに入れて行きました。レンズは広角の28ミリ1本。
36枚×20本=720カット撮れる計算ですが、私たちは1つのカットをAEB(オートエクスポージャブラケット、自動段階露出)で暗め、標準、明るめの3カットを撮影しますので、実質は720カット÷3=240カットしか撮れない計算になります。
撮影日数は長くて3~5日間。フィルムの種類、枚数、日数ともに制限された条件の中で何をどれだけ撮るか。撮影したフィルムは原則として現像所に入れますので、どんな仕上がりになるのかは、現像ができるまでわからない、という「制限」の中で待つことになります。
現在はスマホのカメラでもピント、露出、感度はほとんどお任せで、当たり前のようにその場で撮った写真を確認できます。失敗はほとんどないようにできていますので、撮影時や仕上がりまでのドキドキ感もなく、枚数などの制限もありません。
それだけに、自分の頭の中で、この場面、この距離、この明るさの中で、写真がどんなふうに仕上がるか、といった計算もスマホ、デジカメ任せになります。想像力を働かせる余地も楽しみもありません。偶然に委ねる部分も少なくないのですが、アインシュタインは、こんな言葉を残しています。
Coincidence is God's way of remaining anonymous.「偶然とは、名前を前に出さないで働かれる神の方法である」。
録音機は使わない
取材の際、レコーダを使ったことがありません。スマホ、パソコンでメモをすることもありません。
ひたすら、ノートに100円のボールペンでメモをとるのです。人の話をそのまま書き写せるか、と疑問を持つ方もいるでしょうが「そうですね」「えーと」といった呟きまでメモをとるわけではなく、話の中でのキーワードとなる言葉や数字などのデータを素早くメモします。
いまはスマホのアプリにも録音機能があり、記者会見などでは記者たちがパソコンでメモをしています。
でも、やはりノートのメモがいちばん。メモをとるだけで心配であれば、録音してもいいでしょうが、真剣にメモをとれば、そのメモだけで原稿が書けるはずです。
手書きのメモが絶対有利なのは、二つの理由があります。
1.録音の場合、何度も聴き返す必要がある。
1時間の録音をメモをしながら聴き返すには、3時間くらいかかってしまう。だとすれば、最初から重要部分だけをメモをしたほうが効率がよい。
ノートにとったメモは、パラパラと開いて瞬時に俯瞰でき、印をつけておけば、すぐに重要な部分が把握できる。
2.録音に頼らないことで、瞬時に話を要約する、重要な部分を聴き逃さないなどの力が培われる。
フィルムの話と同じで、瞬間瞬間で、何をどう撮るか、メモをするかといった習慣を身につけることで、自分の能力を成長させ続けることができます。そうした能力を身につけたうえで、機械やデジタル技術を活用することで、そうではない人の何倍も優れた仕事ができる可能性を秘めているともいえます。
話を聴き、短いキーワードを判断し、切り取り、手を動かし書く。この一連の行為が大切なのです。
相手のいうことをそのまま録音する、あるいは記録するだけでは、思考を働かせる余地がありません。相手が「10」話したとして、「5」のときも「2」のときもある。足りなければ、その場で追加取材もできるでしょう。
原稿そのものも、制限なく書けるものではなく、400字のこともあれば4万字のこともあります。
仮に4万字としても、40万字よりは厳しい「制限」となるわけで、4万字に絞り切った情報をまとめる必要があります。私たちは常に「制限」の中にいることを忘れてはなりません。
数百年後への伝言
古い寺社仏閣、民家を取材する際、建物内部の高いところ、屋根裏などに、建物の建築・修繕等の記録として書かれた「棟札(むなふだ)」を発見することがあります。年号だけの場合もありますし、棟梁や大工の名前を記したものもあり、いうまでもなく、どれもが墨で書かれています。
何百年も前の墨が消えずに残っているのは、その成分によります。もともと、墨は煤をニカワに混ぜて作りますが、主成分は炭素=カーボン。熱や太陽の光に対しても容易に分解しない特性を持っています。和紙や木材と墨との組み合わせは最強で、場合によっては2000年くらいもつのではないかといわれます。
紙ができる前、文字は短冊状の細長い木の板に墨で書かれました。紙ができてからも、平安時代などに書かれた文献が残っているのは、化学変化しにくく、湿気にも強い墨ならではといえます。
コピーも印刷もできず、コピペもままならず、それでいて何百、何千年も消えないことを知っているからこそ、先人たちは、1枚の板切れに、貴重な和紙に、一発勝負、全身全霊で情報を書き留めたのです。
科学の進歩で多くの塗料やインクが登場していますが、木片や和紙と墨との組み合わせはいまも最強。
材料が限られ、書き直しがままならないなどの「制限」の中で書かれ、残された棟札から、往時の大工たちの夢を想像してしまいます。
クラシック音楽もまた、録音機材を使っていたなら、きっと、現代に伝わっていないのではないかと思います。
日本のロシア語同時通訳・エッセイストでも知られた米原万里さんは『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の中で「ペンで書かれたものは、斧では切り取れないよ」というロシアのことわざを紹介しています。
プラハのソビエト学校に通い始めた最初の日から、私は、『ペンで書かれたもの』に対するロシア人の特別な思い入れにたじろいだ。(中略)「どの学科も、生徒は正式なノート2冊と下書き用のノートを一冊ずつ持つことになっているらしいよ」(中略)つい正式ノートに鉛筆で書き込んでしまう私に向って、数学の先生も、ロシアの先生も諭した。
下書き用はいくら間違えてもいいが、提出するもの、人様に見せるものは推敲に推敲を重ね、ペンで書いたものだけを提出する。学校では誤字があれば減点対象。「だからこそ、価値がある。すぐに消しゴムで消せる鉛筆書きのものを他人の目に晒すなんて、無礼千万この上ないこと」というエピソードは、墨で書くほか選択肢のなかった時代と同じエピソードにも思えてきます。