ありきたりの日常のなかで「ねずみ女房」は何がほしいのかわかりません。何かが足りないのです。そんなある日、ハトと出会い、外の世界のことを知ります。そして、ハトとの別れの日「ねずみ女房」は初めて星の美しさを知ります。私たちが大人になっていく意味を静かに問いかける、大切な1冊。
Contents.
日常にあった世界とは
大好きな本に『ねずみ女房 』(ルーマー・ゴッデン作 石井桃子訳 福音館書店 )という絵本があります。
ある日、野生のハトが捕えられ、ねずみ一家の棲む家の鳥籠に入れられます。
ねずみ女房は夫と子どもたちの世話に明け暮れていました。
ねずみ女房は、毎日のようにハトの籠のそばまで通い、空や風や雲、森や梢、草の露など外の世界の話を聞いたりします。
夫のねずみは時折やきもちを焼いて、ねずみ女房の耳をかじったりするのですが、ねずみ女房は、ハトのところに通うのが楽しくてしょうがありません。
ある日ハトが何も食べず、ぐったりとしているのに気づきます。
その夜、ねずみ女房はある決心をしました。
籠の留め金を咥え、全身の力を振り絞って戸をこじ開け、ハトを窓から逃がしてしまうのです。
ねずみ女房はそのとき初めて「飛ぶ」ということを知り、ハトを見送った窓の向こうに「星」を見ました。
目には「粟の種ほどの涙」が宿っていましたが、その涙をまぶたではたき落とし、外の世界を凝視しました。
ねずみ女房は平凡な暮らしに戻り、やがておばあさんになります。
物語のおしまいの言葉はこうです。
「おばあさんは、見かけは、ひいひいまごたちとおなじでした。
でも、どこか、ちょっとかわっていました。
ほかのねずみたちの知らないことを知っているからだと、わたしは思います」
作: ルーマー・ゴッデン 絵: ウィリアム・ペン・デュボア 訳: 石井 桃子 福音館書店
初めて見た星の美しさ
ほんとうに大切なことがわかったとき、それと引き換え、大切な何かを失うことがあります。
大切なものを失って初めて、得るものもあるでしょう。
整合性のない別れ、裏切りや絶望のたぐいで溢れる日常は、ときに残酷な姿となって目の前に表出しますが、それらは喪失だけを残していくものではありません。
ねずみ女房は「飛ぶ」ことを見た瞬間、大好きなハトを失いました。
しかし、次の瞬間、生まれて初めて「星」の存在、その美しさを知るのです。
星は天上に在りながら、彼女の人生の内側でも生涯輝き続ける星となりました。
ねずみ女房の短い生涯は、外の世界を夢見ながらも、ささやかな日常を抱えて生きる大切さを教えてくれました。
大切なものを失ってもなお、愛された記憶、心の内側で輝く星を抱き締めて生きていこう。
そう決意するとき、人はもう孤独ではないのだと思います。
この本を翻訳した石井桃子さんは、日本を代表する児童文学者であり翻訳家。
101歳で亡くなるまで、日本の子どもの本の礎を築いてくださいました。
たくさん、素敵な言葉を遺しています。
子どもたちよ。
子ども時代を しっかりと
楽しんでください。
おとなになってから
老人になってから
あなたを支えてくれるのは
子ども時代の「あなた」です。
本は友だち。一生の友だち。
子ども時代に友だちになる本、
そして大人になって 友だちになる本。
本の友だちは一生その人と共にある。
こうして生涯話しあえる本と
出あえた人は、仕あわせである。
人との出会いがときに人生を変えるように、生きることの転機になるような本の多くは絵本にあったような気がします。