雪の季節になると、必ずページを開きたくなる本があります。「100万回生きたねこ」(作・絵 佐野洋子 講談社)と「星の王子さま」(サン=テグジュペリ 新潮文庫ほか)です。この何十年、毎年この季節にだけ読み返している、宝物みたいな2冊。意味や答え、成果ばかりを求めてきた大人の愚かさを、初雪みたいな淡い純白で覆ってくれる物語の世界は、紙の感触を指に感じてページをめくる人にのみに訪問が許される特別な世界。文字こそ少ないですが、無駄が削がれた骨格は余白に満ちて清澄で、かすかな緊張感を備えて力強く時代を超えてきたのです。
Contents.
いつか終わりが来るいのち
「100万年も しなない ねこが いました」
で始まる「100万回生きたねこ」は、死んではまた生き返ることを100万回も繰り返したねこの話です。
ねこにはいつも飼い主がいました。
彼らはねこが死ぬたびに嘆き悲しみましたが、ねこ自身は一度も泣いたことがありませんでした。
ある日、そんなねこの前に、美しい白ねこが現われます。
ねこは毎日毎日、白ねこに
「俺はすごいんだぜ、なんてったって100万回も生きたんだ」
と自慢をするのですが、白ねこは気のない相槌を打つばかり。
「そばにいてもいいかい?」
と尋ねるねこに、白ねこは「ええ」とだけ言い、やがて2匹に子ねこがたくさん生まれます。
ねこは、いつの間にか、自分より白ねこや子ねこたちを大切に思うようになっていました。
時が過ぎ、子ねこたちは巣立って、2匹はおじいさん、おばあさん。
ねこは白ねこといつまでも生きていたいと願っていましたが、ある日、白ねこは自分の隣で動かなくなっていました。
ねこは白ねこの亡骸を抱いて、夜になって、朝になって、また夜になって朝になって、100万回も泣きました。
その泣き声が止んだとき、ねこもまた白ねこの隣で静かに動かなくなっていました。
かけがいのないものの意味
「星の王子さま」は1943年に出版されて以来、270以上の言語・方言に訳され、1億4500万部以上を売り上げたサン=テグジュペリの作品です。
小さな星に住んでいた王子さまが、高慢なバラとのつきあいに疲れて星を飛び出し、いろんな星を巡ります。
最後にたどり着いた地球で壊れた飛行機を修理する飛行士と出会います。
世界にたった一輪しかないと思い込んでいたバラが、地球では何千と咲いていたことを知り、このことだけで王子さまはみじめな気持ちになって、草の上に泣き伏してしまいます。
飛行士と交わす会話が印象的です。
「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を、ひとつかくしもっているからだね」
そこへやってきたキツネに、王子さまは遊んでほしいとせがみます。
しかし、キツネは、
「きみとは遊べない。なついていないから」
と王子さまを突き放し「なつく」ということが「絆」を結ぶ意味であることを話して聞かせます。
キツネと話をするうちに、王子さまは自分が育てた一輪のバラは、地球に何千と咲くバラとは違うことを知りました。
キツネはこんなふうにも説くのです。
「バラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」
たくさんのことを学んだ王子さまは、金色の毒ヘビにかまれ、重すぎる肉体を地上において、小さな星へと帰っていくのでした。
大人の孤独と夢との出会い
地球上には何億匹のねこがいます。
数えきれないほどのバラが咲いています。
けれど、一生懸命に慈しんだそれだけが、自分にとって、かけがえのない存在となります。
ねこは、100万回生まれ変わって初めて、自分以外の誰かを愛することを知りました。
王子さまは、キツネから互いになくてはならない存在になることの価値を教わります。
別れを前に、キツネは王子さまに秘密を教えてくれました。
「いちばん大切なことは、目に見えない」
王子さまは、この言葉を抱いて魂になります。
ねこたちは、二度と生き返ることはありませんでした。
でも、きっと、誰も彼らのことを不幸とは思いません。
本当の死を受け入れたとき、私たちはすでに目に見えない世界を生きることを心に決めているからです。
大人の孤独と物語の世界は、話し合いもなく、静かに、固く結びつきます。
それでも、人間になる旅は、続きます。
その旅の傍らにいてくれる物語を本棚や心の中に隠し持つ人は、一輪の花への誠実さを備えた、良質なたぐいの大人です。
大切なことを得た瞬間に
大切なことを失うこともあります。
だからこそ、
いま、この瞬間を大事に生きたいと思います。