春の訪れとともに、すでに初夏の気配。冷房の季節ももう目の前でえす。一口に冷暖房といっても、心地よさは、空気が冷えたり暖まることで得られるわけではなく、実は輻射熱が大きく関係しています。猛暑の日、どんなに冷房を効かせても、断熱、蓄熱の性能によっては、エアコンを止めても、昼間の熱が輻射熱となって夜間に吐き出されます。私たちがふだん「温度」だと思っている多くが、実は輻射熱だったことをご存じですか。
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輻射熱に囲まれた空間をつくる
壁や床、天井などが薄かったり(冷たかったり)、いろいろな場所から隙間風が入ると(低気密)、どんな暖房を使っても快適になる暇がありません。
冷房時も同じ。
日中、強い日差しに熱せられた屋根や壁からの熱が夜間から朝までじわじわと室内側に放射され、帰宅後、いくらエアコンを強く稼働しても、高い電気代を消費しながら、なかなか涼しくならないのです。
暖房の効果を上げるためには、連続して熱を配り、壁・床・天井・家具などに熱を蓄え、その熱を逃がさないことが大原則です。
冷房時も同じ。
そうすることで、屋内に溜め込んだ熱を利用した冷暖房が可能になります。
冷房時は、屋内の「壁・床・天井・家具」などを暖め過ぎない、暖房時は冷やし
過ぎないという発想です。
冷房。
熱くなってしまった天井や壁をいきなり冷やすことはできません。
が、29-30℃の高めの温度設定でも、連続して運転することで室内側にじわじわ伝わる熱を跳ね返し、涼房空間を維持します。
黙っていると、35℃にもなってしまうのですから、これでもいいほうでしょう。
ここでは暖房時と反対で「壁・床・天井・家具」などの温度を上げ過ぎないという発想です。
たき火や炭火が暖かい理由とは
気温が低い日の屋外で、たき火にあたると身体が暖かく感じるのは、火から放射された輻射熱を身体が吸収しているからです。
寒い朝、家のなかでお日様が差し込む場所だけ暖まるのも、輻射熱のおかげ。
強い熱で痛いような熱さは「痛点」で感じます。
この痛点は1平方センチに100~200個もあり、危険を知らせてくれます。
しかし、その他の刺激を感じる皮膚のセンサーは合計でも50個程度。
お日様からの暖かさを感じるのは、遠赤外線の波長が長いためで、皮膚の深い部分にある「温点」まで達します。
炭火を使ったバーベキューが、表面はあまり焦げていなくても、なかまで熱を通していることでもおわかりでしょう。
このように、輻射熱は周囲の温度(空気の温度)にあまり左右されず、暖かさを感じる不思議な熱なのです。
屋内で、この輻射熱を一定に保つことが、連続して冷暖房する目的といえます。
屋内に蓄えられた熱の温度は表面温度といわれ、床、壁、天井、窓、そして家具など目に見えるもの、ほとんど全ての平均温度をMRT(平均輻射温度)といいます。
私の家、私のアパートは寒いから、といっても寒いなりのMRTがあり、蒸しかえるような真夏の締め切った室内にも、暑いMRTがあります。
空気温度と体感温度が違うわけ
「えっ、何言ってるの?」
とツッコミを入れたくなるところですが、次のような場面を想定してみます。
真冬に仕事から帰ってきてエアコン(暖房設備)をつけても、しばらくの間、暖かさを感じない。
エアコンをつけて、30分。温度計を見ると、20℃を超えている。
暖房をオフにする。
すると、30分もしないうちに寒さを感じる。
温度計はまだ18℃なのに、といった具合です。
夏場は逆の展開です。
朝、エアコンを切って仕事に出かけ、夕刻、帰宅。冷房を急速モードにして運転。
しばらくして温度計を見ると28℃。
もういいかな、とスイッチを切る。
30分、1時間後はまた蒸しかえるような暑さ。
こうした現象は、MRTが、ゆっくり身体に伝わってくるから。
空気の温度と「体感温度」は違うことがおわかりいただけるはずです。
体感温度は簡単な式で表しますと――
体感温度=(室温+MRT)÷2
エアコンで空気の温度が20℃になったとしても、MRTが10℃ですと
(20℃+MRT10)÷2=15℃
となり、この温度ではなかなか暖かさを感じることはできません。
これが体感温度です。
夏の猛暑日を想定して、エアコンで空気の温度が26℃になるまで運転し、MRTが34℃(猛暑日の西側の外壁などは40℃を軽く超えます)ですと
(26℃+MRT34℃)÷2=30℃
温度計やエアコンの設定温度とは裏腹に、いつまで経っても涼しさを感じないことがわかります。
※本来は、対流や湿度などの条件が加味され、より詳しい体感温度を求めますが、ここではMRTの影響をわかりやすくお伝えするために、簡単な式を用いています。
暖かいより「寒くない」温度に
屋内を連続して暖めることを「全日全館暖房」といいます(冷房時の場合は「全日全館冷房」)。
北海道で生まれた言葉ですが、一言でいうと、家のなかがいつも「暖かい」というよりは、どこも「寒さを取り除いた」状態をいいます。
春先のような穏やかな暖かさ、初秋の小春日和の温もりみたいな暖房感。
夏期は反対に「暑さを取り除いた」状態が、寒さを感じるくらいの強い冷房空間より快適です。
今度外国の映画を観る機会があったら、窓下を注意して観てみましょう。
半世紀も前の映画のなかでも、アパートや戸建て、どちらでもいいのですが、窓下には必ずといっていいほど、暖房のラジエーターが備わっています。
どんなに貧しい住まいでも、どの部屋、空間も寒いことを許さなかった、彼らの徹底した暖房思想といえます。
この思想こそ、私は基本的な人権ではないかと考えています。
ヨーロッパの伝統建築は石造り。
連続して熱を配ることで蓄熱しやすい構造でした。
暖炉やペチカの小さな火は終日消えることはなく、まさに「全日全館暖房」の先駆者であったことがわかります。
熱源に関わらず、住まいのなかでの冷暖房設備は脇役に過ぎません。
どんなに優れた性能を備えていても、薄っぺらな壁や屋根、窓を開けっ放しにしている(低断熱・低気密)状態では、暖める熱も冷たい熱も、短い時間で逃げてしまいます。
※機械的な冷房の前に「日射」を遮る。 資料/資源エネルギー庁
連続運転で屋内の輻射熱を温存
MRTが冷えたり熱せられたりするのは、せっかく暖まった、あるいは冷えたMRTをもとの状態に戻してしまうから。
節約しようと、こまめにオン・オフをすればするほど、MRTは安定することなく、体感温度に影響を与えているわけです。
それにエアコンなどはスイッチをオンにしてから安定するまでにかなりの電気を消費します。
クルマに例えると、信号で止まったり、また走って止まるを繰り返すより、時速40キロで走り続けるほうがガソリンの消費効率がはるかに高いことと同じです。
屋内に連則して熱を蓄え、全体からじんわり放射させると、お日様に近い暖かさが確保できます。
エアコンは対流で空気を暖めますが、小さな熱でも連続運転して配ることで屋内の壁や天井、床などに熱を溜め込み、輻射熱との相乗効果による快適な暖房空間を創ることができるのです。
夏期はこの反対で、エアコンを28℃程度で連続運転することでMRTの上昇をさまたげ、うだるような環境になることを避ける手段となります。
近年のエアコン、ストーブなどのサーモスタット(設定温度になると自動で運転を制御)は優秀なので、つけっぱなしにしておいても自動で温度調節をしてくれます。
ついでに申し上げると、FFストーブ、ファンヒーターなどの耐震自動消火装置も優れもので、少し足でつついた程度でも、運転がストップします。
地震対策としては、製品そのものの安全性よりも、炎のある暖房機の近くに燃えやすいものを置かないことのほうが現実的な対処といえます。
24時間、冷暖房はOFFにしない
日本の冷暖房設備は世界でもトップレベルの性能を誇りますが、熱的な建築技術が欧米に及ばなかったことで、力づくで冷暖房をしようという発想で発達してきた経緯があります。
早い話、空気ばかり暖めよう、涼しくしようと躍起になっているのです。
連続運転とオン・オフを繰り返す間欠運転とのコストは、断熱・気密性能によって大きく異なりますが、次世代省エネ基準平成11年基準)レベルの性能を備えた建物では、間欠運転よりも連続運転のほうが割安になるケースもあります。
少々高くなったとしても、24時間、いつでも同じ温度で快適さを得られるのであれば、私はこちらを選びます。
快適さを「買う」のです。
この場合の快適さは、贅沢なものとしてではなく、ヒートショックの予防、結露やカビの防止、構造体の長寿命化などのメリットを「買う」=「選ぶ」という意味です。
参考までに、築30年の我が家(2015年 屋根と窓を断熱改修)の暖房運転ですが、11月-3月までオフにすることはありません。
数日間留守にするときには、特に、スイッチを切ってはならないのです。
せっかく蓄えられた熱が冷めてしまうのはもったいない。
それだけの熱をまた蓄えるためには、また何週間もかかってしまいます。
それで、ご近所のオン・オフを繰り返しているお宅よりも光熱費は安く済んでいるのですから納得です。
上の赤い線は、連続暖房時室温。図のいちばん下の連続暖房熱消費と連動。つまり、r転属して暖房することで室温は一定であるという当たり前のこと。上の黄色いせんは間欠暖房時室温が真ん中あなりで急降下しているのは、就寝時間など暖房をオフにするなど間欠運転をしているから。しかし、縦の棒グラフを見ると、連続暖房をしても、間欠暖房をするより、熱消費が低いことがわかる。高断熱・高気密にすると、こういう現象が起きてくる。