Where we belong.=【家を知る・家に住む・この家で生きる】

そして、私たちの「居場所」について。

精霊と黄金の仏たちが棲む古都、ラオス【Luang Prabang】。

 

 

 

 

Photos by Sweet Potato..

 

遥かチベットに源流を発する大河メコン。その中流域に位置するラオス・ルアンパバーンは、14世紀から18世紀、ランサン王朝の首都として栄えた街として知られています。早暁、寺院から現れた僧侶たちが音もなく裸足で歩を進め、人々は歩道に座して喜捨をする。悠久の時を経ても変わることのない托鉢の光景が、いまもなお、日々繰り返され、民家の庭先には精霊が宿るとされる小さな祠。祈りに満ちた、静謐な古都の旅。

 

Contents. 

 

 

 

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街に息づく仏教との邂逅

その昔、ラオスがランサン、「百万頭の象の土地」

といわれた時代から

信仰されてきた上座部仏教。

この国ではいまも

ブッダ本来の考えを踏襲した仏教教団(サンガ)が

ほぼ忠実に継承され、

出家をして僧侶となれば

227カ条の戒律を厳しく守る義務を負います。

 

寺院には、子どもたち、つまり小僧さんたちの姿。

大半は生活費を減らすために、

僧侶の学校で

教育も受けられる「教育出家」をした

農村からの子どもたちです。

午前のお務めが終れば、

幼い僧侶たちも、すぐにふつうの子どもに戻ります。

 

 

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右肩を出した着方をするのは20歳以下の「小僧さん」。どの寺院でも重厚な読経の声に子どもの声が混じる。

 

 

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小一時間もあれば端から端まで歩ける面積に大小80もの寺院。メインの通りにもデパートやショッピングセンターはなく、町中が森の香り、小鳥のさえずりに包まれる。「アジアの最貧国」といわれる一方で「最後の桃源郷」と称されるゆえん。
 

 

 

 

世界でもっとも空爆された国

ラオスはASEANで唯一、海のない内陸国です。

面積は日本の本州とほぼ同じ。

国土のほとんどが山岳地帯であり、

人口は約664万人(2013年 ラオス統計局)。

 

一見、平和で穏やかに見えるこの国は、

世界で最も激しい

空爆を経験した国であることを

知る人は多くありません。

 

1964年から73年までの間、ベトナム戦争と並行し、

アメリカから空爆を受けた回数は約58万回。

爆弾は200万トンを越え、

当時のラオスの人口で計算すると

1人当たり1トンもの爆弾が落とされたことになります。

 

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 日本円で1000円前後で泊まれるロッジが町中にある。朝食付きで、シャワーは冷水のことが多いが、清潔で快適。ラオスは日本と同じ、屋内では土足厳禁。床は常にきれいに磨き込まれている。

 

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誰も支配できなかった信仰

アメリカが支援する王政派と

王政反対と反米を

掲げるラオス愛国戦線(パテト=ラオ)

との内戦が続き、

民族連合政府が成立したのが1974年。

 

王政の崩壊、国王の退位、

75年12月の人民民主共和国への移行と、

国の政治体制は激変を重ねました。

 

しかし、托鉢を禁止するなど、

当初は仏教を抑圧する姿勢を見せていた新政府も、

人々の信仰心まで

押し潰すことはできませんでした。

やがて、激動の時代を

見守り続けた仏たちに黄金の輝きが戻ったのです。

 

 

 

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フランス植民地期に建設された旧王宮(現ルアンパバーン国立博物館)に安置される黄金の仏像「パバーン」が、14世紀以降の町の守護仏。正月4日にはパバーンが隣接したワット・マイ(1788年から70年かけて建立された寺院)へ古式ゆかしい行列とともに輸送され、読経や潅水の儀式が行われる。

 

 

 

 

 

天地を繋ぐ鬱金色の古刹や祠

市場に向かう通りを

オートバイが駆け抜けます。

クラクションが鳴らされることは滅多になく、

乾いた金属音だけが

街の中に響きわたります。

 

民家の庭先に目を向ければ、小さな祠(ほこら)。

仏教と同じく精霊信仰が根強く

家、森、山など、

あらゆるところに「ピー」と呼ばれる精霊が宿り、

生活を守護すると信じられています。

 

祠は田畑や橋など交通の要所、

大木の側にも設けられ、

毎日、近所の人から

美しい花や食べ物が供えられます。

この町の安寧は、

長い年月にわたって

丁寧に丁寧に創られてきたのです。

 

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この世のあらゆる場所が水で覆われていた昔むかし、水を踏みしめて大地を創造したプー・ニュー、ニャー・ニューの夫婦がいた。地上を覆って人々を苦しめた大樹を切り倒したが、夫婦はその下敷きとなってしまう――ラオスの建国神話は精霊の犠牲の物語。深々とした森に抱かれ暮らしてきた人々は、全てのものに精霊が宿るといまも信じている。民家の軒先にはどこも祠が設けられている。

 

 

 

 

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メコン川は全長4350キロ。中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムに跨がる世界で10番目に長い大河である。祖先たちは中国雲南省から川を下ってルアンパバーンへ南下。人々はこの川を畏れ、崇め、計り知れない恩恵をも享受してきた。

 

 

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 メインの道理もクルマよりはるかに多くのバイクが疾走し、夜になると中心部はナイトバザール。メインの通りからはずれると、人影はほとんどない。人々の話し方は、どこまでも静か。静謐とは、音のないことをいうのではない。音への嗜みが背景にある静けさをいう。

 

ラオスで初めての世界遺産

ラオスは1893年から61年もの間、

フランスに統治され、

ここルアンパバーンでも

フランスの建築様式が随所で散見されます。

 

寺院を除き、保存建築に指定された

建造物は400を超え、

近年は、ホテルなどの観光施設への転用が

進んできました。

 

日が落ちて、

ランプが灯り始めると、

街並みの美しさはより強調されます。

 

商業施設からのBGMや

呼び込みはほとんどありません。

静寂のなかに、

往時の建物のシルエットが浮かび上がるだけです。

 

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古刹のみならず、白壁に覆われた高床式の伝統家屋が多く残る。フランス植民地時代のコロニアルな建築と調和した町全域は1995年、ユネスコから世界文化遺産に認定された。

 

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フランス統治時代の影響は食生活にも残る。フランスパンが主流で、街なかのワゴンで気軽にオーダーすることできる。

 

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町には信号も橋もビルもない。人々は怒らず、焦らず、欲しがらず、どこまでも静か。居心地の良さは、足るを知る慎ましやかな人々によって醸される。


 

静謐な秩序と品格

古く黒ずんだ仏塔に向かって

合掌する老若男女。

 

深く頭を下げ、掌中にある線香の煙が

空気に溶け、

祈りの言葉が天に昇ります。

 

生命の大河の畔に

栄えた王都で出合った、国と人の美しさ。

 

静謐、という言葉が

これほど似合う

街を旅したことはなかったように思います。

 

この街に存在するのは

アジアの他国にありがちなカオスの

対極にある秩序であり、品格であるのかもしれません。

 

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空路で日本からルアンパバーンまでの直行便はない。鉄道は1994年に完成したタイ=ラオス友好橋で両国を隔てるメコン川を渡り、ターナレーン駅(Ta Na Laeng)を結ぶ非電化単線路線が唯一の路線。鉄道とは名ばかりで、わずか15分で終点に着いてしまう。国内の移動はバスに頼るほかはなく、未舗装の悪路を褐色の土煙を舞い上げて走るバスをそこかしこで目にする。

 

 

ラオス人民民主共和国/DATA

ラオス人民民主共和国 Lao People's Democratic Republic

首都   ビエンチャン

人口   約660万人(2013年 / ラオス統計局)

政体   人民民主共和制

民族   人口の6 割は低地ラオ族。その他、アカ族やモン族など49 民族などから構成されます。

自然・地理    面積はおよそ236,800平方キロで、日本の本州の面積にほぼ匹敵。ベトナム、カンボジア、タイ、中国、ミャンマーの5カ国と国境を接し、ASEANの中では唯一の内陸国です。国土の8割、特に北部はそのほとんどが山岳地帯。平地はビエンチャン周辺やメコン川流域に広がり、豊かな森と川の恵みがこの国の暮らしを支えています。

出典:DTACラオス観光情報局

 

本からラオス・ルアンパバーンへのアクセス

日本からラオスへの直行便はなく、周辺国で乗り換える必要があります。タイのバンコク経由で約8時間、ベトナムのハノイ経由で約6時間40分(乗り換え時間含まず)。私はバンコク(ドンムアン空港)発着のエアアジアを利用しました。バンコクからは90分。日本円で往復18000円ほどです。その他の航空会社も就航しています。ハノイ―ルアンパバーンはラオス国営、ベトナム航空などが就航しており、飛行時間80分、航空券は22000円ほど。日本からバンコク往復の便はたくさんありますので、時間を有効に使いたい人はバンコク発着をお勧めします。

 

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バンコク・ドンムアン空港はLCCの発着が多い

 

 

➡今回の旅で利用した予約サイト「agoda」

 

 

おすすめの本 

 

「全東洋街道」 上下 (集英社文庫) 文庫

藤原 新也  (著)

 

銀塩(フィルム)カメラの時代には、1つの旅で何本のフィルムだけ、という制限を自ら設けて撮影に臨みました。フィルムは高価であり、現像もまた高価な時代。デジタルになってからは、1枚のSDカードで何百、何千の写真を記録できます。画面を切り取る緊張感はおのずと希薄になり、五感までも鈍感になってきた気がします。どんな仕事にも制限が必要です。この現場は、フィルム1本で撮る。そんな覚悟と制限からいい作品が生まれます。「全東洋街道」には、旅の現場から瞬時に切り取られたアジアが詰まっています。幻想的な写真と紙から匂い立つ艶やかな文章。商業写真家が多くを占め、ルポもエッセイもこなせる、このような表現者が少なくなりました。
 
 
  
 

 

 

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