Where we belong【家を知る・家に住む・この家で生きる】.

そして、私たちの「居場所」について。

災害と本と言葉と祈り。

 

 

 

Photos by Sweet Potato..

 

地震、水害など、大規模な災害が起きるたび、自分には何ができるだろうかと考えてしまいます。しかし、ボランティア、募金など、すぐに行動を起こせる人ばかりとも限りません。いま、この場でできることを考えてみました。

 

被災地で歓迎された「本」

東日本大震災から8年。

その後も、たびたび熊本地震、大阪北部地震など大きな地震が起こり、九州北部豪雨や西日本豪雨をはじめ、日本各地で水害が発生して、その都度大きな被害が出ています。

 

いまは九州の雨が心配です。

 

被災地、ましてや避難所にいる方々は、不安を抱えたまま毎日を過ごされているのではないかと思います。

心から、お見舞い申し上げます。

  

災害に関するニュースを聞くたび、すぐにボランティアに参加できるわけでもなく、何百万円も寄付できるわけでもない。

なんて自分の力は小さいのだろうと、自分を責めてしまうことも少なくありません。

 

 

被災地にはたくさんの物資が届けられ、義援金もやがて届きます。

しかし、物資もお金も消耗品ですので、届いた瞬間から消えていく運命にあります。

 

東日本大震災のとき、私たちが届けたモノで、被災地、避難所のみなさんにいちばん喜ばれたのは「本」でした。

 

被災地に入ったのは4月1日でしたので、すでに食料品、特にパンなどは余剰気味で、食料以外のものが切に求められていたのでしょう。

 

そのなかに、「本」も入っていたのです(緊急時の対策についてはまた改めて書きます)。

 

仕事と自宅にある古い雑誌や文庫、子ども向けの絵本などを中心に、約300冊を生活物資とともに運んだのです。

 

雑誌はあれこれ選ぶことなく、古いものでも、クルマにたくさん積みました。

 

雑誌はボロボロになったら、避難所の敷地で燃やすこともできます。冬は、ちょっとした焚火の原料にもなります。

避難所のなかでは、鍋敷きにもなりますし、食事のときには床に食器を置くより、お膳みたいに使えて、なかなかの人気です。

 

避難所のスタッフの方々は「これはありがたい」といって、その他の物資を差し置いて、本の置き場所をつくってくれました。

大人たちは早速、雑誌を手にとり、子どもたちは絵本を取りに来ました。

 

段ボールで作られた簡易本棚は、あっという間に空っぽになりました。

 

スタッフの方々は、自分たちの水を確保するのも大変なのに、「遠くから来ていただいたのだから」と、カセットコンロで湯を沸かし、インスタントコーヒーを煎れてくれました。

 

 

ありがとうね、ありがとう。

言葉を交わしながら、その方々に、人間の品位を見ました。

 

参考までに、その他のモノで喜ばれたのは、カセットコンロ・ボンベ、女性用生理用品、赤ちゃん用おむつ、赤ちゃんのおしりふき、粉ミルク、大人用おむつ、男女ともに尿漏れパット、うがい薬、目薬、マスクなどでした。

 

赤ちゃんのおしりふきは、大人でも、汗だらけになった身体を拭けるので要望が多く、避難所では常時、ホコリが舞っているので、目薬がほしいという方が多かった記憶があります。

 

意外だったのは尿漏れパットです。

中年以降の男女ともに、口には出せないものの、潜在的なニーズが高いことを初めて知りました。

 

 

Photos by Sweet Potato..

 

生涯消えることのない言葉

非常時には、モノもお金も、電気も水も、ガスも必要です。

水道や電気、ガスなどのライフラインは、復旧して初めて、ありがたみを感じます。

 

そうでなくとも、慎み深い日本人は、あれがほしい、こんなのはイヤだとは、あまり口には出しません。

声高に文句もいわず、静かに耐える姿は、世界中から賞賛を浴びました。

 

内心では「悲しかったでしょう」「つらかったでしょう」という言葉をかけてほしいのに、精一杯の力を振り絞って「がんばるぞ」と自分に言い聞かせている人も多かったでしょう。

反面、明日からどうやって生きていくのか、途方に暮れている人もたくさんいるはずです。

 

テレビや新聞、被災地に訪れる人たちは、悲しみや不安に追い打ちをかけるように「元気を出して」「がんばろう」といった言葉で励まします。

 

 

物資はやがて消費されますが、言葉は静かに人の心の奥底に堆積され、いい言葉も悪い言葉も、消えていくのにかなりの時間を要します。

 

なかには、生涯消えることのない言葉もあります。

 

その後、避難所を7カ所も転々としたというAさん一家は

「がんばろうという言葉が、寝たきりで動けないお年寄りに向かって『寝てばかりいないで働け』とでもいっているかのように聞こえた」

と話してくれたのが忘れられません。

 

励ましてくれる人には、100%悪意がないことがわかっているだけに、行き場のない気持ちを抱えて、つらかったことと思います。

 

 

 

 

Photos by Sweet Potato..

 

 

沈黙と祈りでしか届かないこと

言葉が出てこないのなら、黙したまま、身動きできない自分を抱えて、それをさらけ出すほかはありません。

 

哀しみのさなかにある人への励ましにはなりませんが、余計な言葉で傷つけるより少しはましです。

 

ミャンマーのある指導者は、あの3.11から数日後、「私たちの国は貧しく、物資は届けられないが、詩を送りたい」

と言葉の束を日本の被災地に向けて送ってくれました。

静かで力強い詩の朗読は、いまも記憶に残っています。

 

日本とはあまり縁のないクロアチアという国では、ちょうど5000人もの人々が反政府デモの最中でした。

大震災の速報を知ったに5000人もの群衆は、デモの途中にもかかわらず、わざわざ日本大使館の前で足を止め、ロウソクを灯し、全員で長い黙祷を捧げてくれました。

 

前者は言葉、後者は沈黙。

被災地では、いまもこのニュースを覚えている方々が多くいます。

 

言葉は、人を傷つけ、絶望の淵に追いやることもあれば、人を支え立ち直らせることもあります。

 

もちろん、言葉だけが役立つとは限りません。

沈黙が人を受け止め、言葉のない祈りの姿が、人の心の奥底に届くこともあるのです。

 

置かれている状況で、求められる言葉は異なります。

言葉を控えることもあるでしょう。

 

沈黙が、無関心であるとは限りません。

相手の悲しみを目の前にして、何もいえずに立ちすくんでしまう。

 

そういう共感の形もあるのだと思います。

 

 

 

Photos by Sweet Potato..



自分で言葉を選ぶことの大切さ

いま自分には何か必要で、何が不足しているのか。

そんなことを、教えてくれるのが「本」です。

 

自分自身が、その折々に必要な言葉を、自分の力で拾っていけるところも本のよさでしょう。

 

悲しみや不安を言葉にできずにいる子どもたちは、物語の登場人物たちに自分の思いを重ねます。

 

 

他者からの言葉ではなく、自ら選んだ言葉に自分の魂が醸成されることを、子どもたちは知っているのです。

 

100億円の寄付に比べたら、言葉の支援など、微細なものです。

 

動くことができない。

言葉も発せられない。

 

そんなときのために、祈りがあります。

その祈りは、ときに、無力な自分に対する添削ともなります。

  

 

www.ienotomo.com

 

 

www.ienotomo.com

 

 

 にほんブログ村 住まいブログへ
にほんブログ村

 

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村