Where we belong【家を知る・家に住む・この家で生きる】.

そして、私たちの「居場所」について。

住み慣れた我が家で介護される、看取られる。

  

 

 

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在宅介護の先に見えてくる、老いと死。国はすでに「在宅看取り」の定着のために大きく舵を切っています。家族に迷惑をかけたくないからという理由で病院を選択しても、それができない時代がやってきます。介護も看取りも住み慣れた我が家でできるのが理想。しかし、現実には、暑さや寒さ、車椅子で1メートルも移動できない、トイレで回転もできない、ベッドの周りに人が立てないないなどのバリアが立ち塞がります。「在宅」における介護や看取りを希望したときに、その願いが叶わないことが問題なのです。「在宅」を阻む家のバリアや制度について考えます。

 

病気・貧乏・孤独という老後の大問題

老後の三大課題は「病気・貧乏・孤独」といわれます。

神さまから、どれか一つだけ除外してあげますよといわれたら、自分はどれを選ぶか。時折、そんなことを考えます。

難しい選択肢ですが、誰もが例外なく、これらの課題を突きつけられているのです。

 

病気については、ある程度気をつけ、予防はできそうですが、やがて来る老いは避けられません。

 

貧乏も、いやです。

しかし、お金持ちだから幸福だという保証はなく、お金がなくても、健康で幸福に暮らすことはできます。

 

将来の年金制度などあてにせず、貯蓄に励む人の多いことは、みなさん貧乏は避けたい気持ちの表れなのでしょう。

 

やっかいなのは孤独。

どのようにして、孤独から逃れるか。

難しい。

行政的にも、ひきこもり対策や独居世帯向けの対策が出てきましたが、家族や親しい人に囲まれた生活だから孤独じゃないといい切れません。

 

ある有名なハリウッドの女優が「100万人の人に愛されても、私は孤独だった」という話をしていましたが、健康でも、きれいでも、お金があっても、親しい人がたくさんいても、「孤独」は、どこまでも追いかけてくる影のようににつきまとうこともあるのです。

 

 

グループハウスに代表されるように、血縁に頼らなくても誰かと一緒に暮らす住居も増えてきました。

 

夫婦で暮らしていても、やがてはどちらか一人残されるのは人生の不条理。

一人暮らしのお年寄りはますます増える傾向にあります。

 

元気なうちは、わがままを通して自由に生活できますが、病気になると身体も活発ではなくなって孤独感も増幅します。

一人になると、どんなにか寂しい思いでしょう。

 

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 他人同士が一つ屋根の下で暮らすのは、日本人にはあまり馴染みのないことですが、互いの力を合わせて老後を生き抜こうとする形態は、有史以来、初めてのことかもしれません。

 

心配なのは、中高年の世代より、幼いころから個室を与えられ、育ってきた若い世代です。

この世代にとって、グループハウスなどの共同住居の形態が、どう作用するのかを考えると、少し不安な気持ちになってしまうのは、私だけでしょうか。

でも、そうした体験が希薄だからこそ、若い世代には新鮮に捉えられるのかもしれません。

 

一人になり、身体が不自由になって、お金もあまりなく…と考えていくと共同生活も選択肢になります。

孤独か同居かという二者択一ではなく、いつでも誰かに会えるし、いつでも一人になれる、そんな曖昧さがあったら素敵です。

 

かつての長屋の暮らし、ご近所づきあいのような選択肢はもう期待できないのでしょうか。

 

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病院 VS.在宅介護・看取りのコスト比較

A子さんのお母さんが入院しました。

86歳という高齢ですが、進行の遅い大腸がんで、付き添いのたび、泣き顔で「家に帰りたい」というのです。

 

若い頃から「最期は病院ではなく、家で看取ってほしい」がご本人の希望でした。A子さんはご主人と相談し、自宅で引き取り、介護をし、看取りをすることに決めたのです。

 

お母さんは、自分の家で義父を看取った経験がありました。

当時のことをあまり覚えていないA子さんですが、昭和の時代はまだ、自宅で亡くなる人がたくさんいたのです。

 

1951年、自宅で亡くなる人の割合は82.5%、病院死は11.7%でした。この年、初めて国の統計が始まったのです。

 

しかし、2016年の厚労省人口動態統計では、減少を続けていたはずの在宅死が0.3%だけ増えましたが、全体に占める在宅死の割合は13%。

大半の国民は、まだ、病院や施設で亡くなっているのです。

 

 

内閣府が2012年度に行った意識調査では、「自宅で最期を迎えたい人」は55%を占め、病院などの医療機関の28%を大きく上回っています。

 

在宅死」が望まれているとはいえ、現実には、家族の負担は大きく、ほんとうのところ、本人、家族の全員がそうした死に方を望んでいるかどうかはわかりません。

ほんとはそうしたいけど、でもね、家族のことを考えるとね、やっぱりね、というのが自分の本音でもあります。

 

国は「超」高齢化社会の進行に備え、在宅介護や療養と同時に、在宅看取りの体制強化に向けて大きく舵を切っています。

医療施設や老健施設の収容力は、すでに限界なのです。

 

病院での看取りは一晩で100~150万円ほどの医療費がかかりますが、在宅看取りは10万円程度。

国からの出費は、在宅のほうが10分の1のコストで済むことがわかります。

 

人間の死亡率は、100%です。

 

国の経済としては、在宅で亡くなっていただいたほうが、40兆円を超える医療費が削減でき、計算もしやすいといった利点があるのでしょう。

 

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「温熱環境」と「狭さ」のバリアが介護を阻む

家で死にたいと希望しても、医療・看護・介護の体制は成熟しているはいえず、どんな心構えで在宅介護、療養、そして看取りに臨めばいいのかわかりません。

 

不思議なのは、在宅を前提にした医療・看護・介護の「体制」について論じられることはあっても、それらをスムーズに行なうための住宅性能や設計について語られることがほとんど見当たらないことです。

 

手すりの設置や段差の解消も、実際、在宅での介護が始まってみないと、効果はわかりません。

脳卒中で倒れ、運よく助かり左半身が不自由になった人に、片側だけの手すりがあっても何の役にも立たないのです。

 

バリアフリーとは、オーダーメイドの部分が少なくないのです。

 

ですから、高齢になったり、障害を負ってから、慌ててリフォームすることが多くなります。

 

 

 

省エネに関しては、補助金や助成金が数えきれないほど出ていますが、バリアフリーに関しては介護保険を使った補助金程度しか知れ渡っていないのも実情です。

 

新築・リフォームの際に、在宅療養、介護、看取りにふさわしい住宅の有り様が語られ、明確な指針が示されることはほとんどありません。

これが「超」高齢化社会の真っただ中にある、日本の現実ともえいます。

 

ベッドを置き、療養のための準備をすると、その瞬間に「狭さ」というバリアが出現します。

同時に、パジャマ一枚で過ごすことのできない劣悪な温度のバリアに気づきます。熱や湿度や空気の環境は、残念ながら設備で修正できるところは限られ、新築時の対処もしくは大規模リノベーションでしか改善できません。

 

在宅看取りのドキュメンタリーを何度も観ましたが、ご本人やご家族の思いや看取りまでの経過が、涙を誘う物語となって描かれても、診療の際、看護婦も家族も部屋の外に出ていないと診察もできない空間の「狭さ」さが指摘されることはないのです。

 

狭い空間では、自力で排せつをすることもできず、十分な介助も阻みます。リハビリも阻まれます。

家族が一人しか入れない介護室はかなしすぎます。

 

 

 

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介護用の居室は、ベッドの周囲に3人が立てるようなスペースがないと、双方にとって快適な介助ができない。 周囲に箪笥などの家具があると、いっそう、介助が難しくなる。 「21世紀型住宅の常識」米木英雄 雲母書房

 

 

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トイレは車椅子が出入りできるほどの幅を確保し、内部は回転できるくらいのスペースを確保する。障がいをもった人に快適な空間は、健常者にとってはより快適な空間となる。 「21世紀型住宅の常識」米木英雄 雲母書房

 

 

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東北では、寝かせきりにさせられたお年寄りや末期のがん患者が、厳寒の季節、いくら暖房をつけても15℃を越えない寒い部屋で介護されている現場をいくつも歩きました。

 

厚い布団を掛けられ、寝返りが打てないことから、胸や腹部など身体の同じ部分が圧迫され、褥瘡(じょくそう)ができます。

 

一般に床ずれは背中や臀部にできるものですが、身体の表面にできてしまうケースは、特に、3.11以降の東北の被災地の避難所で多く見られました。

寒い地方ではいまも、外気温と同じくらいの室温のなかで、高齢者が一人で暮らす民家が数えきれないくらいあります。

同様のことが在宅介護の現場で起きていることは想像に難くありません。

 

関東以西では、夏の暑さが問題となります。

西日のあたる暑い部屋で、寝かせきりにさせられたお年寄りや患者さんには熱中症が多くなります。

暑いからとエアコンを寝ている本人の身体に直接あてることもできません。

 

熱中症とは、暑さで体温調節がうまくいかなくなり、体調不良となってしまう症状。

めまい・失神などの「熱失神」、脱水が起こることで頭痛・吐き気などが起こる「熱疲労」、大量に汗をかいて、血液の塩分濃度が低下したときなどに足や腕に痙攣が起こる「熱痙攣」、体温の上昇のため中枢機能に異常をきたし、意識障害におちいることもある「熱射病」など多くの症状があり、東北のケースと同様、屋内の温度の問題であることは明白です。

 

日本の住宅は、「温度のバリアフリー」が不十分なままなのです。

 

 

EU諸国における在宅死の割合はほぼ50%前後。

フランス58.1%、スウェーデン42%、オランダは35.5%という数字ですが、背景には「エネルギーパス」制度に代表されるように、温熱環境と省エネが住宅性能として明確に位置づけられていることがあります。

 

新築・中古を問わず、全ての住宅のエネルギー消費を明確にする。

真冬でも全室20℃前後になることが条件。

国民は快適で省エネ性能の高い住宅を選択する。

暑い・寒い・結露(欧州の一部の国では結露も住宅の瑕疵扱いです)などのバリアを抱えた住宅は売れないので少なくなる。

在宅でもホテルや病院のように、24時間快適な温熱環境となる。

在宅介護・療養・看取りなどは病院・施設と同様に可能になる。

 

といった好循環ができており、病院で亡くなる必要性そのものがなくなっているのです。

 

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※資源エネルギー庁

 

 

 

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廊下や無駄なスペースを大空間に取り込んで、全てを生活空間として捉えた「終の棲家」。

 

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夫婦2人だけの「終の棲家」として建てられた。訪問客を意識して見栄をはることをやめて、使いやすさを追求。LDKは一つの大空間に納め、リビングとトイレ、浴室も隣接。薪ストーブ、太陽光発電も採用。断熱性能はQ値1.0レベルとし、ほぼゼロエネルギー。屋内は厳寒期でもほぼ20℃、夏期は25-28℃。年金生活でも光熱費の負担は少ない。

 


 

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 介護のできない日本のバリアフリー住宅

家族はもちろん、訪問看護師やヘルパーさんが訪問し介助や看護にあたることを考えると、寝室からトイレ、浴室などへの動線は短く、太い(幅)が原則となります。

 

これからは、24時間、ヘルパーさんなどの介助を前提にするため、玄関→寝室→トイレ→浴室などの動線が近く、スムーズであることも大切です。

雪国では屋外の駐車場から玄関までのアプローチも、重要な動線となります。

 

介護の必要のない若い世代にとっても、寝室、トイレ、浴室への移動はスムーズなほうが便利に決まっています。

 

寝るだけの寝室とするのではなく、介護、診察、看取りまでも意識し、介護に必要なものを一つのスペースに集めておけるスペースを確保するだけで、ケアが受けやすい環境になるはずです。

 

新築時は、手すり下地の準備で十分ですが、歩行が困難になった場合は、玄関内部だけでなく玄関ポーチ部分にも手すりが必要です。

  

狭さの問題は、居室や玄関だけの問題ではありません。

 

 

 

トイレ、浴室、廊下幅、ドア幅、階段と至るところに「狭さ」のバリアがあることがわかります。

 

狭さのために、自分も家族も肉体的・精神的な苦痛を強いられます。

このことは、前述したように、障害を持ってみないとわかりにくいところに問題が潜んでいるのです。

 

目先だけの段差解消と手すりを設置しただけの「介護のできないバリアフリー住宅」が量産されているのが現状で、有効な解決法として、「最初から狭い空間をつくらない」ことが重要といえます。

 

間違ってはならないのは、大きな家をつくるのではなく、トイレや浴室、寝室などを小さな空間としない、出入口などの幅を狭くしないということです。

 

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車椅子での利用がスムーズな広さを確保することで、介助がなくても、自活できる領域が確保される。

 

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小さな部屋を2つつくる発想ではなく、大きな空間を自在に開閉する可変性で考える。夫婦のどちらかに介護が必要となっても、開けたり閉めたりしながらストレスの少ない介助ができる。

 

 

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小さな段差は危険だが、大きな段差でつまずく人はいない。段差のあるコーナーを設けることで、車椅子でもスムーズに移動し、座ることができ、ときに畳のテイストが楽しめる。


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狭い居室にベッド、複数のテレビ、大型の冷蔵庫や家具、洗濯機、パソコンなど、家中にモノがあふれている日本の住宅。

 

在宅介護は布団でもベッドでも三方介護(左右と足元)が基本ですが、4畳半や6畳といった数百年前の居室スケールにプラスして、モノにあふれた現代の家では、三方介護は難しいことは以前も述べました。

 下記の記事参照。

 

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廊下や無駄な収納をなくし、将来生じ得る介護ニーズに応じて間仕切りが変更できる「可変性」に富んだ間取りを考えたいのです。

一つの大空間にすることで廊下は不要となり、おのずと行き止まりもなくなります。

 

ドアを考える前に引き戸を考える。

ドアを開閉するスペースが省略でき面積も減らすことができます。引き戸は指1本で開閉できる優れもののバリアフリー建具です。

 

これらのデザインを可能にするのは、個別の空間の断熱・冷暖房ではなく、躯体をすっぽり断熱することであることは、このブログで何度も述べています。

 


 

 

在宅介護・訪問医療の費用の現実

老々介護が問題になっていますが、配偶者に先立たたれたあとは、独居生活となります。

一人暮らしのまま最期まで在宅で暮らせるかどうかも大きな問題なのです。

 

一人になったとしても住み慣れた自宅で過ごす時間は、どんなに快適な施設や病院で過ごす時間より貴重な時間。

自宅で最期の瞬間まで暮らせるならば、施設や病院の選択肢もないわけです。

 

 

自宅での介護を始める際にかかる一時的な費用の平均は83.3万円、月額費用の平均は約4.4万円というデータがあります(※公益財団法人生命文化保険センター「生命保険に関する全国実態調査平成27年」)。

 

在宅介護のためにリフォームする費用や、ベッドなどの介護用品で「83.3万円」となっていますが、私の母の場合を振り返ると、リフォーム費用も介護保険内でおさめることができ、あとはショートステイやデイサービスの費用だけでした。

ただ、週に4~5日はサービスを利用していたため、月額費用は6万円前後になっていたと思います。

 

現在は、認知症が進んでグループホームのお世話になっていますが、月額17万円ほどかかります。

認知症などがなく、身体的な介護で済むのであれば、「4.4万円」という数字も妥当だと考えられます。

 

 

要介護1~2といえば、自力でトイレに行くことができる状態。

週2回ほどデイサービスを利用し、毎日1回、短い時間でも、訪問ヘルパーさんのお世話になって月額2万円くらい(介護保険のサービス利用1割負担分)。

 

ベッドの上での時間が大半となる要介護4~5ですと、オムツの使用もあり、食事や排せつ、入浴も介助が必要です。

隔週の訪問看護、1日2~4回の訪問介護、自費での負担もあり、介護保険サービスの1割負担分を加算して15~16万円ぐらいとされます。

 

このくらいの出費になると、施設介護とほぼ同額になります。

が、同額だったら施設を選ぶ人、いや、同額だったら自宅を選ぶ人とに分かれるのではないでしょうか。

 

がんの末期で、自宅で緩和ケアを受けながら、最期までの時間を過ごしたいという人の場合も、同様のプランと費用が目安となるはずです。

 

訪問診療・看護などの出費は、高額療養費制度が利用できます。

公的医療保険における制度の1つで、医療機関や薬局でかかった医療費の自己負担額が、ひと月(月の初めから終わりまで)で一定額を超えた場合、超えた金額が支給されます。

高額な治療などで、何百万円の治療費になったとしても「自己負担限度額」以上の金額を支払う必要はがない、世界に誇れる制度の1つといっていいかと思います。

 

例/

年収約370~約770万円

健保:標準報酬月額28万円~50万円

国保:年間所得210万円~600万円

80,100円+(医療費-267,000円)×1%

 

~年収約370万円

健保:標準報酬月額26万円以下

国保:年間所得210万円以下

57,600円

 

※2019.07.06現在

70歳以上の場合は計算方法が異なります。詳しくは厚生労働省のウェブサイトなどでご確認ください。

 

詳しい費用については、病院の相談室、地域包括支援センター、かかりつけ医やケアマネージャーなどに相談してください。

 

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病院で死ねない時代が来る

耐震性、省エネ性、防火性、温熱環境、空気環境など、住宅にも優先すべき性能があります。

 

そこで介護もでき、希望すれば看取りもできるように建てる、リフォームするということは、増えつづける国民医療や福祉関連の費用を削減することにつながり、最期の瞬間まで自分の力で、住み慣れた我が家で過ごせる可能性がひろがることを意味します。

 

一人暮らしの場合でも、在宅で療養、看取りもできる体制が可能です。

身寄りのない方でも、希望すれば、自宅で最期まで生活できますし、看取りも可能です。

 

 

私は自宅ではなく病院で死ぬつもりです…と希望しても、それが受容されない体制が徐々にできつつあるのです。

 

近年、入院などを経験した人であればおわかりのように、退院後の自宅での生活がどんなになろうとも、入院時の病状が回復しただけで、さっさと病院を追い出されてしまいす。

私たちも義父母、実母の病気で、いくつ病院と施設を転々とさせられたかわかりません。

 

10年、20年後は、「病院で死にたい」という希望すらかなわぬものになる可能性も否定できないのです。

 

家は生き場所であると同時に「死に場所」として真剣に考えなければならない時期にきています。

 

終の棲家という言葉がありますが、家づくりの際には最期の場面から逆算し、「死に場所」を考えなさい、という意味にも解釈できます。

 

私たちはいつの間にか「死は病院で」という感覚を身に付けてしまい、日頃から「死」を遠ざけて過ごしてきたようです。

 

「家族に迷惑をかけられない」

というのも家族への愛情の一つであるかもしれません。

 

しかし、家族に自らの最期の生命を預け切り、自分の看取りの過程を通して「生」と「死」の価値を若い世代に問いかけることも、お金や苦労に換算できない大切なメッセージとなるはずです。

 

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かかりつけ医と「最期」の時間

在宅医療を受けるには、かかりつけ医をもっておくことが必要です。

 

かかりつけ医とは、「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知し、必要な時は専門医療機関を紹介するなど総合能力を有する医師」(日本医師会)と定義されています。

 

在宅療養、看取りまでを希望する場合は、往診や訪問診療、最期の在宅看取りまでお願いできるかどうかも確認しておきます。

 

 

介護保険の手続きを確認し、ケアマネージャーを通して、介護全般に関すること、かかりつけ医、薬局などとの連携なども確認します。

 

最期の時間に向かって、自分と家族がどういう時間を過ごしたいか、延命治療や緩和ケアについても、希望を整理しておきたいところです。

 

 

在宅医療は定期訪問が基本です。

容態が急変したときにも、かかりつけ医や訪問看護が対応します。

いったん回復が期待できる状況であれば、緊急入院となることもありますが、基本が在宅看取りであれば、救急車を呼ぶことで、余計なトラブルが発生することもあります。

 

救急車を呼ぶことは、「救命治療」を望むことなのです。

搬送先の病院では、望まない積極的な延命治療が行われてしまうこともあります。

「最期は自宅で」と希望する場合は、救急車ではなく、必ず、かかりつけ医への連絡が基本です。

 

危篤状態になった場合には、かかりつけ医に連絡をします。

自宅に到着する前に亡くなったとしても、これまで診療をしてきたかかりつけ医が,死亡後に改めて診察し「生前に診療していた傷病に関連する死亡である」と判定できれば「死亡診断書」が交付されます。

 

地方では訪問診療を行なってくれる医療機関はまだ少なく、そんななかで、かかりつけ医として活動を行なう医師にとっては、在宅患者への24時間対応が大きな負担となる現実もあります。

 

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大きな病院では、人間が枯れるように、自然に亡くなっていく姿を見たことがない医師も少なくないといわれます。

 

老衰であるにもかかわらず、「病気」に打ち克つように、延命治療を施してしまう医師もいるでしょう。

 

それを望む家族も多いことも、私たちは自覚すべきかもしれません。

病気も老いも一緒にして考えることで、終わりのあるはずの生命を無駄に引き延ばしてしまうこともあるのです。

 

家は建築物ではありますが、人が生まれ、生活をし、ときに病み、やがては老いていく場でもあります。

 

生も死も内包できる家とは、どんな家なのか。

残念ながら、この紙幅だけでは語り尽くすことはできません。

 

いちばん大事なことは、自宅で介護、看取りをすることがベストであるということではなく、本人や家族が望んだときに、それが選択肢となり得るかどうかなのです。

 

 

 

本人と家族がいくらそうしたくても、建築的な制約や未熟な制度・体制があれば、選択肢になり得ない。

このことは、悲しいことです。

 

ここで、一見、住宅と無関係な絵本などを取り上げるのは、人間には「物語」でしか解決できない問題もあるからです。

人を治療するのは医学や科学の力が必要ですが、家族に感謝し、先に天国に旅立った父や母たちに会える歓びを持つことは「物語」の力です。

 

これからも、いろんな角度から、家と人、生と死との関係を考えていきたいと思っています。

 

まとめ

 
1.高齢化社会では、孤独か同居かという二者択一ではなく、いつでも誰かに会えるし、いつでも一人になれる、そんな曖昧さも大切。

グループハウスなど、血縁に頼らなくても誰かと一緒に暮らす住居も選択肢。
 
2.日本で自宅で亡くなる人は全体の13%、自宅で最期を迎えたい人は55%。EU諸国における在宅死の割合はほぼ50%前後。

「在宅死」が望まれているとはいえ、現実には、家族の負担は大きく、双方の本音をいえる状況にない。
 
3.病院での看取りは一晩で100~150万円、在宅看取りは10万円程度の費用がかかる。国からの出費は、在宅のほうが10分の1のコストで済むことから、今後は在宅看取りの推進が進む。
 
4.在宅を前提とした医療・看護・介護の「体制」について論じられることはあっても、肝心の住宅性能や設計については明解な指針が示されていない。

したがって、高齢になり、障害を負ってから、慌ててリフォームする結果となる。
 
5.ベッドを置くと介助も診察もできない「狭さ」、車椅子では使えない寝室、トイレ、浴室、玄関の「狭さ」がバリアとなり、真冬でもパジャマ一枚で過ごすことのできない劣悪な温度のバリアも在宅介護や看取りを阻む。
 
6.介護用の居室は、ベッドの周囲に3人が立てるようなスペースがないと、双方にとって快適な介助ができない。「最初から狭い空間をつくらない」ことが重要。
 
7.寝室からトイレ、浴室などへの動線は短く、太い(幅)が原則。雪国では屋外の駐車場から玄関までのアプローチも、重要な動線。
 
8.大きな家をつくるのではなく、トイレや浴室、寝室などを小さな空間としない、出入口などの幅を狭くしないことがポイント。
 
9.車椅子での利用がスムーズな広さを確保することで、介助がなくても、自活できる領域が確保される。

廊下や無駄な収納をなくし、将来生じ得る介護ニーズに応じて間仕切りが変更できる「可変性」に富んだ間取りを考えたい。

躯体全体を断熱化することで、大空間のデザインが可能となる。
 
10.住み慣れた自宅で過ごす時間は、どんなに快適な施設や病院で過ごす時間より貴重な時間。

自宅で最期の瞬間まで暮らせるならば、施設や病院の選択肢もなくなってくる。

 

 

 


11.在宅介護を始める際にかかる一時的な費用の平均は83.3万円、月額費用の平均は約4.4万円(※公益財団法人生命文化保険センター「生命保険に関する全国実態調査平成27年」)。
 

12.がんの末期で、自宅で緩和ケアを受けながら、最期までの時間を過ごす選択肢もある。訪問診療・看護などの出費がかさむときは、高額療養費制度が利用できる。
 
13.介護もでき、希望すれば看取りもできるように建てる、リフォームする。

こうした視点を忍ばせておくだけで、国民医療や福祉関連の費用を削減でき、自身も最期の瞬間まで自分の力で、我が家で過ごせる可能性がひろがる。
 
14.家族に自らの最期までの過程を見せることで「生」と「死」の価値を若い世代に問いかけることもできる。
 
15.かかりつけ医を決める場合は、往診や訪問診療、在宅看取りまでお願いできるかどうかも確認しておく。

介護保険の手続きも確認し、ケアマネージャーを通して、介護全般に関すること、かかりつけ医、薬局などとの連携なども確認する。
 
16.在宅看取りを前提にしている場合で、容態が急変したときには、かかりつけ医や訪問看護が対応する。
危篤状態になっても、救急車は呼ばない。救急車を呼ぶことで、望まない積極的な延命治療が行われてしまう。


17.老衰と病気とを一緒にして考えない。「人間が枯れるように、自然に亡くなっていく」ことも最期のありかたの一つ。
 
18.家づくりは夢に満ちているが、生も死も内包できる家こそが、ほんとうの家族の器となる。
医学や科学の力と同様に「物語」の力を信じることで、生と死の奥行きが違ってくる。

 

 

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