Where we belong【家を知る・家に住む・この家で生きる】.

そして、私たちの「居場所」について。

茶の間に倣うこと。

  

 

 

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日本の家は「用」を限定しないからこそ、無駄なく広く、すっきりと美しい空間の使いこなしがなされてきました。機能よりも「間」=余白や隙間、曖昧さが重視され、そうした感性が家づくりにも生かされてきたのです。「用と美」という言葉があります。数ある「間」のなかでも中心を為が茶の間。LDKの文化で失われつつある茶の間本来の「用と美」について。

 

 

サザエさん家族が集う茶の間の意味

あまり使われなくなった「茶の間」という言葉。

子どものころは当たり前に使われていた言葉ですが、いまの若い人たちに「茶の間」といっても、どんな空間なのかわからず、「?」という表情をされるのがオチかもしれません。

 

サザエさんの家族が集う場所といえば、すぐにイメージがつかめるでしょうか。

 

囲炉裏が家の中心に備えられ、そこで煮炊きしたり、暖をとったりしながら「火」が家族を繋いできたという話を以前書きました(下記参照)。

 

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囲炉裏の火は、絶やさないのが決まりでした。

火を焚き続けることで空間を少しでも暖め、柱や梁を乾燥させました。

 

明治に入ると、囲炉裏の代わりに茶の間が家の中心になってきます。

かつては貴族やお金持ちの楽しみだったお茶が庶民にも浸透し、台所とは別の間が設けられるようになったのです。

 

いまでいう「居間」や「リビングルーム」の前身ともいえますが、狭い家や長屋では、食堂兼ダイニング兼応接間兼寝室の機能を担っていたともいえます。

 

茶の間は、床に座って過ごす空間で、畳もしくは板の間。

部屋の中心にはちゃぶ台があり、壁に沿って質素な茶箪笥が配置されています。

私の育った家では母の内職のミシンもあり、食事も裁縫も、アイロンがけ、私たち兄妹の勉強も茶の間でした。

 

父が長い時間チビチビと晩酌をしたり、お客さんがなかなか帰らないときなど、家族は困り果てていましたが、それはそれでいい思い出です。

 

 

 

日本の家にはたくさんの「間」があります。

居間、寝間、茶の間、床の間、土間、客間など、いくつもありますが、同じ「間」でも「間(けん)」は畳の長辺(182㎝)の長さをいいます。

 

大工さんたちがいまも使うスケールですので、覚えておきましょう。

4畳半は1間半×1間半、6畳間は2間×1間半、8畳間は2間×2間で、1間×1間の面積が2畳=1坪。

 

〇〇平方メートルといってもイメージがわきませんが、〇畳、〇坪というと、数字だけで空間がイメージできます。

これも日本人特有のスケール感覚といえます。

 

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居間、リビング、茶の間。どんなふうにでも家族が集える、自分たちだけの空間をめざす。


  

小津安二郎が描く茶の間と家族

茶の間ですぐに思い浮かぶのが、小津安二郎【おづやすじろう 1903~1963】の映画です。

日本の庶民の生活を描き続け「晩春」「麦秋」「東京物語」などは、いまも世界の名監督たちの尊敬を集めています。

 

どの映画でも、茶の間に集う家族が多く映され、家族はそこで笑い、泣き、ときに諍いをし、やがては嫁いだりします。

 

茶の間は家族の生活の場であり、感情を交える場であり、気持ちを察し合う場であり、別れの場でもありました。

 

家族はやがて独立したり、散っていく運命にあります。

夫婦といえども、永遠に2人ではいられないのです。

 

私にとって小津映画は、家族の時間の移ろいやはかなさを表現しているかのように思えてなりません。

家族って、いつまでも、家族でいられないのです。

 

茶の間の家族を映し出すカメラは、畳に限りなく近い高さで固定され、家族個々の表情、会話を淡々と映し出しているように見えます。

 

広角側のレンズを用い、近い位置から茶の間の全景を撮っていると思うのがふつうの感覚でしょう。

しかし、何度か観ていうるうちに(スタジオだと思われますが)、どの作品も、同じ室内の畳に近い高さの位置から24-35ミリ(銀塩カメラ換算)で撮るのではなく、茶の間のセットから少し距離をとり、70-85ミリ(銀塩カメラ換算)くらいの中望遠レンズで撮っているのではないかと思うようになりました。気づいたのは、最近のことです。

 

背景のボケ具合、手前の人物と背景との圧縮感などによるものですが、日本の家、日本の家族ならではの濃密な関係、言葉の往還だけではなく、沈黙や頷きなどの静かで動きの少ない所作が、こうしたカメラワークによって一歩も二歩も観客に近付いて見えてくるのです。

 

茶の間という舞台があったからこそ、数々の名シーンが生まれたのではないかとは、あくまで個人的な考えです。

 

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「東京物語」@1953/2017 松竹株式会社 

 

 

世界に例のない「LDK」の家

日本の「LDK」は、1951年に当時の建設省が定める「公営住宅標準設計」の規格51C型が原点となりました。

 

台所を広めに作って食事室と兼用とし、居室2つ(6畳、4畳半)を配する間取りが確立されたのです。

「ダイニングキッチン」という言葉も誕生しますが、これは完全な和製英語です。

 

規格51C型は、人間らしい暮らしのためには、食事の場所と寝る場所は分けるべきであり(食寝分離)、プライバシーの観点からは夫婦と子どもの寝室は分けるべきである(就寝分離)という2つの原則を示し、当時の住宅公団が先陣をきって「LDK」文化を普及させていきます。

 

何でもかんでも自由に使えるけれど、(食寝分離)も(就寝分離)もできない「茶の間」は、いつの間にか、どこかに消えていきました。

 

そうでなくとも、たいして広くもない日本の家。それが小間割され、ますます狭くしか使えない状態となり、日本人は世界のどこにもない、ダイニングキッチンという新しい場所で家事をし、食事をするようになっていくのです。

 

なけなしのお金で買ったテーブルやソファは、落ち着くようで落ち着かないままリビングの中心を成します。

どうしても落ち着かないときには、床にペタンと座ってそれを背もたれとし、またソファに戻って正座をしたりと、その生活スタイルが、いまに至るのは周知の通りです。

 

 

 

 

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同じ空間のなかに「立」のリビング的機能、「座」の畳コーナーなどを同居させた。

 

足が短い人のソファの座り方は?

ダイニングテーブルやソファのあるリビングは、写真を撮るときには絵になる構図ですが、日本人の生活に合致しているかといえば、ちぐはぐに見えることが少なくありません。

 

いちばん大きな理由が、西洋人がソファに座っている姿と日本人がそうしているときの姿の差です。

 

日本人は、ソファに腰を下ろすときには深く腰を下ろすことができず、ついつい浅い位置に座ってしまいます。

 

足が短いせいです。

腹が出ているせいです。

 

わかっています。

 

深く座ると、それはそれでゆったりできるのですが、腰が落ち着きません。今度は下半身、特に膝から下がぶらぶらします。

 

ビジネスの現場でもそうした例を見かけます。

ソファに深く腰を沈めると生意気そうに見えるので、たいていの人はそうした座り方をせず、浅く腰かけます。

特に、営業先の応接間で、ソファに深く腰掛け、背もたれに背をつけて座っている人など見たことがありません。

 

これでは、何のためのソファなのかがわからなくなってくるのですが、そこにソファを置いてあることに意義を見つけようとする日本人のけなげさ。

少し寂しい気持ちになることもあります。

 

もっとも、高級家具のなかには、日本人の身体特性にもフィットするソファや椅子も多くあり、優れたデザインは民族も文化も超えることを教えられます。

 

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ソファや椅子、ベッドなどの大型家具は、高めの投資をしても、数百年のノウハウが蓄積された欧州製を選びたい。

 

 

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ダイニングテーブルという限定されたスペースも、家族のための茶の間となり得る。

 

 

アメリカ人と日本人の身体特性

子どもたちの大好きな「モモ」で知られるドイツの児童文学者ミヒャエル・エンデは「ものがたりの余白」(岩波現代文庫)のなかで、こう語っています。

 

――アジア人は自分の身体のなかに、それほどしっかり座っていない。すべてはもっと通過性がある。

もっと、さらに、そう柔らかいというよりも、もっと透き通っているのです。

(アメリカ人の)あの、脚をテーブルにのせること。みんなどこか重さから逃れようとしていますね。身体の重さから逃れようとしている。

 

日本の生感覚はちょうど逆なんです。

いつも四肢を引っ込める。

日本の伝統的な座り方といえば、脚を引き込み、できれば腕も引き込むことです。

 

 

 

日本人の正座や柔道などは、西洋のベッドやソファが身体を伸ばして使用し、ボクシングなどが前に前に向かっていくのと反対で、内に内にと集約される動きであることが理解できます。

 

衣服もそうかもしれません。

洋服は身体を外側に伸ばそうとしますが、和服は内側に向かって身体を包み込もうとします。

 

お辞儀はどうでしょう。

日本人は自分の足元やおへそを眺めるように身体を畳む動作をしますが、西洋のあいさつ=握手やキスは、身体を前に差し出す動作です。

 

何もかもが反対の身体的かつ文化特性を抱えたままで、空間や道具だけが取り入れられても、私たちは、いまだ追いつけないままでいるのではないでしょうか。

 

 

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テレビ中心の「間」になっていないか

茶の間から、リビング、ダイニングキッチンなど、機能が分化されてきたことで、日本人の生活体系も住宅の有り様も劇的に変わりました。

 

リビングやソファが悪者といっているのではありません。

当時の国家プロジェクトに躍らされ、数十年たったいまもなお、私たちは無理にLDKの生活やソファ、ベッドの暮らしに、自分を合わせようとしているように見えることがあるというお話です。

 

かといって、日本人のほとんどの世代が、きちんとした正座も胡坐もできないまま。

西洋人のように、美しい姿で椅子に腰かけたり、ソファに座ったりすることもできず、ダイニングテーブルに座って食事をしても、すぐに床にゴロンと横になりたい気持ちはおさえられないのです。

 

我が家では、フローリングの居間を全て畳敷きにしたという話を以前に書きましたが、このことは自分自身での身体的・文化的な実験でもありました(下記参照)。

 

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居間やリビングと名前が変わった空間は「テレビの間」となり、どんな家具の配置よりテレビの配置を最優先にして、空間構成が決められます。

 

テレビの位置が決まって初めてソファの場所が決まり、棚や収納、壁掛けのアートの位置が決まってくるのです。

 

居間の目的を「ゴロンと横になるところ」と胸を張って述べることのできるような図々しい人間は少数派で、茶の間のような多目的な空間と位置付ける人も多くはありません。

 

その結果(これも以前に書きましたが)、子どもたちの独立後は、誰もいない居間になってしまうのです(下記参照)。

 

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茶の間に倣った新しい空間を

かつての日本の茶の間は、自然に家族が集う広場、交差点のような役割を担っていました。

 

狭い家では、一つの空間でも使いこなしていかないと仕方がなかったこともありますが、結果的に家族が集い、交流が生まれる場があったことを、私たちはもう一度、検証してみる必要がありそうです。

  

外国では、引っ越ししても、ベッドやソファ、椅子、テーブル類がないと、すぐに生活することはできません。

しかし、日本の家は寝具さえあれば、その日から寝ることもできますし、寝具がなくても、夏などはそのまま畳にゴロンでも快適です。

寝具を収納できる押入れも最初から付いています。

 

ベッドがなくても寝ることができるのは、畳があるからです。

小さな座卓を置けば食事もでき、卓がなくても、畳の上にお膳を置いて食べることもできます。

卓を片付ければ、客間にもなります。

 

目隠ししたいときには、衝立や屏風、襖を使って、空間を空けたり閉めたりできます(下記参照)。

大きな箪笥や家具は納戸に入れてしまえば、茶の間に大型家具を置く必要などありません。

 

 

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リビングの一角にコーナーとして「茶の間」を組み込み、バリエーションを楽しむ。

 

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土間を家の中心にしつらえ、家族が自然に集まる茶の間的な機能の復権をめざした。

 

 

寝室にはベッド、リビング・居間にはソファ、ダイニングだからテーブルと椅子など、機能単位で居室や家具に置き換える発想は、無駄な面積を増やし、コストを釣り上げ、土地代の高い日本では相当な無理が強いられます。

 

ソファがあるからリビング、ベッドがあるから寝室という機能=居室の発想は、視点を換えれば、家具がなければ生活のできない貧相な空間ともいえます。

 

その点、日本の茶の間は、最小限の家具だけで寝食ができ、いつの間にか家族が集い、何となく話したり、何となくサヤインゲンの皮を一緒に剥いたり、お母さんがアイロンがけをしている隣で、子どもたちが寝転がって本を読んでいたり、何でもできる空間なのです。

 

「用と美」という言葉がありますが、「用」を限定しないからこそ、小さな家でも無駄なく広く、すっきりと美しく、空間の使いこなしができていたのでしょう。

  

こうして考えてみると、日本の家はもともと「家具的機能」を家のなかに造り込んでいたことに気づきます。

家具や物を置かずとも、いつもすっきりとした生活空間が保たれるよう工夫されていたのです。

 

それでいて、家具の気配を感じさせないシンプルの極致ともいえる空間と機能は、住宅建築に多額の投資が難しくなった現代の日本人々にこそ、学んでほしいことでもあります。

 

前述したように、西洋人と私たち日本人の身体特性も生活文化も異なります。 お風呂にしたって、西洋の人たちは、親子が揃って一つの浴槽に入ることなど、理解できません。

西洋では浴室は汗を流すだけの場所ですが、日本では、お風呂のなかさえ家族の交流の場であり、くつろぎの場。

ここでも、機能を固定しない、日本人ならではの空間の使いこなしが見てとれます。

 

 

この際、茶の間とかリビングとか、居間など既成概念を取り払い、最小限の家具、コストで、家族が何となく集い、「何でもかんでもできる曖昧な空間」を考えてみてはどうでしょうか。

 

世界に例のない「LDK」や自分のDNAに基づかない西洋の暮らしの模倣ではなく、いったん日本の家の原点を見直し、自らの身体特性や生活文化を見極める。

そうすることで、世界に一つしかない、新しくて、等身大の生活の場が見えてくるのではないかと信じています。

 

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まとめ

 

1.囲炉裏が進化して家族を繋いだ「茶の間」がリビングや居間の前身。
 
2.家族はそこで笑い、泣き、やがては嫁いだり…の場となった「茶の間」を軸に世界に誇る映画を撮った小津安二郎。小津映画は茶の間なしではできなかった。
 

3.「食寝分離」と「就寝分」を唱えた日本の「LDK」は完全和製の間取り。
 
4.それでも優れたソファやベッド、椅子などは、身体特性や民族のバリアを越えた普遍性を持つ。家具のノウハウの集積は、欧州製にかなわないことが多い。
 
5.居間やリビングが「テレビの間」となるより、家族が自然に集まることのできる間とは何かを検証する。
 
6.「リビングルーム」や「ダイニングルーム」という既成概念を取り払い、最小限の家具、コストで、家族が集まる曖昧な空間を考えてみる。

そのヒントが「茶の間」にある。
 

 

           

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