Where we belong.=【家を知る・家に住む・この家で生きる】

そして、私たちの「居場所」について。

自立と依存と再生と。

 

 

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子どもの万引き事件がきっかけに

C子さん夫妻は、長い間深刻な不和の状態にあり、互いに離婚は時間の問題のように思っていました。

 

お子さんは中学生の男の子。

ある日、スーパーで万引きをしてしまい補導されてしまいます。

 

夫妻は「どうして自分たちの子がこんなことを…」

と戸惑い、途方に暮れました。

C子さんは毎日、涙が止まりませんでした。

 

が、この事件がきっかけとなり、いつの間にか、夫妻は以前より話をするようになっていました。 

 

振り返ると、家族の再生は、家の計画から始まりました。

C子さんが、ある日、ご主人に「家を建てましょう」と意志表明したのです。

 

C子さんの強い意気込みにご主人も折れ、家族が一体となった家づくりがスタートしました。

 

 

 

男の子も、自分の部屋ができることを知ると、次第に表情が明るくなっていきました。ほんとうのことをいうと、男の子にとって、いちばんうれしかったのは、お父さんとお母さんが一緒に話をする時間が、以前と比べて多くなっていたことでした。

 

リビングは、寝室は、子ども部屋は、キッチンは…と、家族が一緒になって考える時間は、当時を振り返ると「あんなに濃密で素敵な時間はなかった」(C子さん)ほどでした。 

 

半年間のプランニング、建築期間を経て、住まいは完成。

家族の力を合わせて引っ越し。

 

片づけの合間、C子さんは、昔のアルバムを眺めては、若かったころを思い出し、ひきだしの奥にしまってあったご主人からのラブレターや子どもが赤ちゃんだったころの写真を見返すなど、懐かしい時間をいくつも思い返しました。

懐かしすぎて、胸が熱くなることが、何度もあったほどです。

 

荷物も片付き、やがて庭ができました。

お日様の光に満ちた庭に出て、花に水をやったり、新しい庭木を植えたりと、休むいとまもなく、時間が過ぎていきます。

 

男の子はその後、万引きなどすることもなく、夫妻の危機も、家族の危機も、当たり前のように自然な関係に戻っていました。

 

C子さんとご主人が、こんなことを話してくれました。

「あの子が、私たち夫婦と、この家族を再生させてくれたのです」

 

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大人たちが川の字で寝ていた家

小さな子どもと寝るとき「川」の字になって…という家族は少なくないようです。

先日取材でお世話になったお宅では、成人になった長男・次男と60代のご両親の4人が一つの寝室で川の字になって寝ているという話をうかがって、へえ、と驚いてしまいました。 

 

小さな借家、アパートでずっと過ごしてきたので、新築してそれぞれの居室ができても、子どものころからの習慣が抜けないのだそうです。

 

家のかたちにとらわれず、自分たちが主体となって住みこなすことで、家族みんなが暮らしている、素敵な話です。

 

反対に、人数分だけ子ども部屋を設け「子どもの自立のために」と、小さな頃から自分の意志で生活させるご両親もいます。 

 

 

 

仕切られた空間の多い家で家族を形成してきた西洋の家族とは異なり、開けたり閉じたりできる曖昧空間で家族を形成し、維持してきた日本人にとって、家族間でのプライバシーや自立は、はたして可能なのかしらと、いぶかしげに思うことも実は少なくありません。

母性社会・日本の個人主義など、この数十年の歴史しかないのです。

 

 

 

 

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自立の背後にあるもの

「若者の自立」「女性の自立」など「自立」を声高に叫べば叫ぶほど、周辺がざわめき始めるのは興味深い現象です。 

 

日本ではまだ、「自立」と「孤立」は紙一重。

男性に頼らない女性の自立、親に頼らない子どもの自立、親分やリーダー、上司や仲間や組織に頼らない自立──など、一見カッコよく見えますが、そうした自立の周辺に、必ずといっていいほど幾ばくかの波風が潜んでいるのは、誰もが経験してきたことでしょう。 

 

他者にきちんと依存するには、相当な力が求められます。

相応の時期になり、子どもを本当の自立に導くためには、それまで十分な「依存」をさせてきたかどうか、私たち大人はいま一度検証してみる必要がありそうです。 

 

子ども部屋をつくったから、そこに子どもを押し込め、あとは「努力しなさい」では自立どころか「孤立」を助長させ、親子の絆も断ち切れてしまうかもしれません。

夫婦の自立と互いの権利を主張し合う狭間で、子どもたちは、どんな思いで私たち大人たちの姿を眺めているでしょう。

 

固有の空間がないならないで、大人が壁になったり、壁を取り払ったりと、心を動かすほうが、親子の絆が強固なものになることもあります。

 

 

 

 

結び付きが強過ぎるとやっかいですが、押したり引いたり、お世話になったり、お世話をしたりと、ヘロヘロで薄っぺらでも、そんな「絆」があっての人と人。社会も家族も同じでです。

 

先に紹介した家族のように、壁などあってもなくてもよく、みんなで寝ようが一人で寝ようが関係ないというのが、本来の家族のかたちのような気もします。 

 

こうした話をうかがうたびに、家を建てるのは大工さんですが、「うち」を創るのは家族なのだなあと、思います。

 

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