Where we belong.

家を知る・家に住む・家で暮らす、そして私たちの「居場所」について。

粟の種ほどの涙。

 

 

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ねずみ女房は、夫と子どもたちの世話に明け暮れていました。

おすねずみのだんなさんや自分の食べる食べ物を集めたり、夜中に屋根裏で他のねずみと遊んだりするのですが、なにかが物足りません。

 

「お前はこれ以上何がほしいんだ?」

 

だんなさんはこんなふうに聞くのですが、ねずみ女房は「何がほしいのかわかりませんでした。

でも。

まだ、「いまもっていない、何かが、ほしかった」のです。

 

「おれはチーズのことを考える。どうしておまえもチーズのことを考えていられないんだ?」

といわれながら、ねずみ女房は窓の外の季節の移ろいを眺めることしかできない日々を送っています。

 

ある日、ねずみ女房の住む家に野生のハトが捕えられ、部屋の鳥籠に入れられました。

ねずみ女房は、毎日のようにハトの籠のそばまで通い、空や風や雲、森や梢、草の露など外の世界の話を聞きます。

 

 

 

夫のねずみは時折やきもちを焼いて、ねずみ女房の耳をかじったりするのですが、ねずみ女房は、ハトに会うのが楽しくてしょうがありません。

 

ねずみ女房は、ハトが何も食べず、ぐったりとしているのに気づきます。

その夜、ねずみ女房はある決心をします。

籠の留め金を咥え、全身の力を振り絞って戸をこじ開け、ハトを窓から逃がしてしまうのです。

 

「あのひとは飛んでいった。もうだれも、丘のことや、麦畑のことや、雲のことを話してくれるものはなくなった(略)」

こういったとき、アワのたねほどの涙が、めすねずみのひげの先ではなく、目のなかにやどっていました。

「ちっ、ちっ!」といって、めすねずみは、涙をまぶたではたきおとし、また、外を見ました。星が見えました。

 

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ねずみ女房はそのとき初めて「飛ぶ」ということを知り、ハトを見送った窓の向こうに「星」を見ます。

目には「粟の種ほどの涙」が宿っていましたが、その涙をまぶたではたき落とし、外の世界を凝視するのでした。

 

「でも、わたしには、それほどふしぎなものじゃない。だって、わたし、見えたんだもの。はとにはなしてもらわなくても、わたし、自分で見たんだもの(略)」

 

ねずみ女房は平凡な暮らしに戻り、やがて年をとり、おばあさんになります。物語のおしまいの言葉にはこうあります。

 

 「おばあさんは、見かけは、ひいひいまごたちとおなじでした。でも、どこか、ちょっとかわっていました。ほかのねずみたちの知らないことを知っているからだと、わたしは思います」

 

大切なことを知った大人は、ほとんどの場合、こんなふうに静かで平凡過ぎて見えるのかもしれません。

 

 

 

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整合性のない別れ、裏切りや絶望のたぐいで溢れる日常は、ときに残酷な姿となって目の前に表出しますが、それらは喪失だけを残していくものではないようです。

 

ねずみ女房は「飛ぶ」ことを見た瞬間、大好きなハトを失いましたが、次の瞬間、生まれて初めて「星」の存在とその美しさを知ります。

星は天上に在りながら、彼女の人生の内側でも生涯輝き続ける星となるのです。

 

 

世界の果てまで彷徨っても、満足を得ることができなかった若い日がありました。

がんばって、プラス思考を旨とし、いつも一段上の自分をめざす。

それが強さだと信じてやまなかった自分がいました。

 

無駄と徒労の繰り返しとしか思えない日常をいったん引き受け、与えられた生を丁寧に生き切ることでしか得られない歓びがあります。

ささいな日常を抱えて生きる大切さを教えてくれた1冊です。

 

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www.ienotomo.com

 

おすすめ図書

 

この本を翻訳した石井桃子さんは、こんな言葉を遺しています。

 

子どもたちよ

子ども時代を しっかりと

楽しんでください。

おとなになってから

老人になってから

あなたを支えてくれるのは

子ども時代の「あなた」です。 2001年7月18日

 

 

 

 

 

「そして、ねずみ女房は星を見た〈大人が読みたい子どもの本〉」(清水眞砂子著 テン・ブックス)も何度も読み返した本。

アマゾンでも楽天でも新刊は見つけられなかったのですが、中古でもいいので取り寄せ、手元に置いておきたい1冊です。

 

   

 

「ゲド戦記 全6巻」(岩波書店)の訳者であり、児童文学者でもある清水さんですが、この本では「大人が読みたい子どもの本」13作品を読み直し、「はるかなものへの憧れ」という章で「ねずみ女房」に詳しくふれています。

著者は他の作品でも一貫して「人生は生きるに値する」ことを、子どものときに読んだ児童文学は約束してくれると述べています。

 

   

 

 河合隼雄さん、末盛千枝子さんなど、尊敬する方々の著書でこの本のことを知りました。順序が逆かもしれませんが、これらの方々の評論を先に読んでから原作を読むと、なのこと深く入ってくる気がします。
 
 

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