Where we belong.

家を知る・家に住む・家で暮らす、そして私たちの居場所について。

自分の「縄張り」を確保するコツ。

 

 

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ヤマアラシのジレンマと「パーソナルスペース」

2匹のヤマアラシが、ある日、嵐にあいました。体を寄せ合って温まろうとしましたが、それでは互いのトゲで相手の体を刺してしまいそうです。離れると寒い。くっつきすぎると危ない。そこで、ヤマアラシは互いに傷つけることなく、それでいて相手の温かさを感じられる距離を求めて、近づいたり離れたりを何度か繰り返すうち、傷つけあわずにすみほどほどに温めあうことのできる距離を発見しました…。

 

哲学者・ショウペンハウエル(Schopenhauer)の有名な寓話『ヤマアラシのジレンマ』です。日本でいう「つかずはなれず」といった距離感を見事に言いあらわした話といってもいいでしょう。

私もべたべたしたお付き合いは苦手ですが、かといって、周囲に誰かがいないとさびしいのです。あえて「つかずはなれず」を実行しているわけではありませんが、洋の東西を問わず人間は誰しもこのような感情をもっているのではないでしょうか。

 

先日、あるセミナーで「できれば、夫婦別室にしたいという方はいますか」と尋ねたらおおよそ3分の1の人が手を挙げました。ほとんどが60代以降の女性です。

何人かに理由を聞くと「自分のリズムが保てない」といいます。ご主人が会社勤めをしているうちは、生活にもリズムがあったが退職後は用事もないのに早朝に起きたり、反対に夜中に起きて、家の中をウロウロし落ち着かない。

そういった意見に、周囲の人もうなずいています。いつも視線のなかに入ってウザったい、自分の縄張りがほしいとおっしゃる方もいました。みなさんが、そうそうと頷いていたのが印象的でした。

なるほど、女性はある程度一定のリズムで生活ができるのですが、規則的に生活してきたご主人のほうが、退職後は規則的な暮らしがむずかしく、夫婦の就寝にも影響を与えることが少なくない。改めて、夫婦の関係のむずかしさに考えさせられます。

 

人と人と間には「パーソナルスペース」があります。近すぎると嫌悪感を感じてトラブルの元になり、遠すぎると疎外感を感じてしまう距離感のことです。

エドワード・ホールという人は45センチまでを密接距離、120センチまでを個体距離、360センチまでを社会距離、それ以上は公衆距離‥と人間関係の距離感を数値化しています。

30センチの距離を置いて男女が並んでいると夫婦か恋人に見える。100センチでは知人の関係に見えてくる。 ビジネスのシーンで、初めて会う人に挨拶する110センチでは違和感があるが、300センチではちょうどいい。こうしてあてはめてみると、なるほどとうなずけるところもあります。

 

 

 

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ほんとうに一人になりたければ、最小限のスペースで割り切ること。

 

憧れの隠れ家はつくったけれど

女性は家事室、男性は書斎。新築するなら、ちょっとした憧れかもしれません。取材や撮影で新築物件を訪れると、最近は3軒に1軒くらいは、どれかが確保されている感じがします。なかには、リビングより広い趣味室や書斎、サウナまであるお宅もありました。

 

しかし、入居後しばらくたって訪れますと、物置化していることも少なくありません。台所の片隅に設けられた小空間と瀟洒なデスク。そこにはノートパソコンが置かれ、小さな本棚には料理本や家計簿。目の前にはコルクのボード。

憧れだった、夢だった、という名残は感じられるものの、入居して1か月も経つと、読書もアイロンがけもそこでしていた奥さまも、食卓でのアイロンがけとなり、デスクの上は古新聞とチラシの山、食べ残しのお菓子の袋、ペットボトル。

近くの壁のコルクのボードには、広報のゴミの日のメモが切り取って貼られていることもあります。やはり、テレビを観ながら、リビングでの家事のほうがよかったのかもしれません。

 

書斎もしかり。男の隠れ家という言葉にほだされ、書斎や趣味の部屋など一人になる場所は憧れです。自戒を込めていうならば、そこに長時間籠って、読書や趣味に没頭することはあまりなく、なんとなく自分一人の時間を過ごす程度、という男性がほとんど。

私もそうです。仕事場は自宅に併設させていますが、そこにいるから必ず仕事をしているわけではなく、家族から離れて何となくぼんやりしたり、寂しくなったらまた家族のもとに戻る、といったことを繰り返しています。

第一、会社から帰れば「かあさん、パンツどこ?」「ママ、ビールちょうだい」なんていっているお父さんたちが、書斎に入ったところで、夏目漱石や森鴎外を読むことなどなく、週刊誌が山積みになっているか、パソコンが1台置いてあるのがせいぜい。なかには、空気清浄機を何台も置いて、喫煙室になっている「もと書斎」もありました。

 

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ロフトは趣味の空間でもあり、お昼寝の空間でもある。家族の気配が途切れない空間づくりがポイント。

 

 

www.ienotomo.com

 

 

「LDK」プランだけでは行き詰ってしまう

なぜ家事室や書斎がほしいのか。これは、わずか数分でも、自分の居場所がほしいからです。会社ではプライベートな空間はほぼありません。家でも、と考えると、そんな気持ちもわかります。

居場所をどう表現していいのかわからぬまま、家事室や書斎という…室、…コーナーという言葉になってしまう。そして、そのまま間取り図に「個室」として描いてしまうところが、素人の悲しいサガです。

 

位置を考えていくと、パズルのゲームのように個室を動かしていくしかできません。日本人は何百年もの間、空間を小間割りにした生活はせず、一つの空間をいくつもの使い方をしてきました。

ところが戦後のある時期から急速に住宅の食寝分離、就寝分離が進みました。就寝分離とは、かつて親子が川の字で寝ていたものが、家族がバラバラになって、それぞれが個室で寝るようになったことをいいます。

それはやがて「LDK」という、実は世界中で日本にしかない間取りを生み出し、家族みんなが個々に自分の空間を持つことが、家づくりの重要テーマになってしまった経緯があるのです。

そうした文化で育ってしまった私たちは、昔の民家のような原風景もなく、西洋の家にも住んだこともない。ただ、個室が並んだ「LDK」を家の原型と思い込んで、自分の居場所も個室として考えてしまうようになったのかもしれません。

 

 

 

 

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あえて個室をつくらなくてもカウンター1枚で【居場所】ができる。

 

縄張りを「カウンター」や「コーナー」で確保する

ほしかった居場所を「縄張り」と、いったん言葉を置き換えて考えてみてはどうでしょうか。個室としての独立した空間ではなく、家族とつかず離れずのところで、小一時間程度一人になれるスペース、そんな感じです。

要は、家族の気配は感じても、家族からの目線が遮られる空間。女性だとお化粧を直したり、爪の手入れをしたり。

最近の男性だと、まゆ毛の手入れをするのだって、家族の視界を遮りたいはずです。そんなスペースは目隠し程度の仕切りがあれば十分で、仕切られているけど、家族の気配は感じるほうが落ち着くことも多いのです。

 

このことは、思春期を迎える前の幼児にも応用できます。

家族の気配を感じながら、さりげない目隠しはされている。図書館の学習室を思い出してもらえばおわかりになると思いますが、極端な話、幅1メートル程度のスペースがあり、自分の開いている本が隣の人に見えないくらいで、私たちは縄張りを感じるものなのです。

 

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2階ホールに設けた書斎コーナー。誰かが使っているときは、こちらが少し遠慮する。こうした気遣いのうえで使用される「縄張り」があってもいい。


 

書斎でも家事室でも趣味の空間でもいいのですが、個室にするのは最終手段。まずはリビングやダイニング、2階ホール、夫婦の寝室などの「コーナー」にスペースを確保できないかを考えます。

カフェでも電車でもレストランも、私たちは自然にコーナーに近いほうに席を取ろうとします。そうした意識を家のなかでも活用してみるのです。

 それでも、家族の気配を断ち切りたいという場合は、不要になったときに納戸や物置などに転用することを前提にして、最小限の個室を設けてもいいでしょう。

パソコンを使う場合、ましてやオーディオルームにする場合は音にも留意する必要がありますので、寝室からの距離にも配慮します。場合によっては防音処理も必要なケースもあります。

作業を終えてすぐに寝たい場合は、寝室に隣接した個室を設けるか、広めのウォークインクローゼットをつくっておき、そのなかに小さな書斎コーナーをつくることもできます。

 

 

 

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ダイニングテーブルにもなり、子どもたちの学習スペースにもなる、キッチン横のカウンター。

 

間取り図は描かず設計者にコンセプトを伝える

家事コーナーはもう少し簡単にできそうです。こちらも書斎同様、リビングやダイニングの一角に設けるコーナーから考えます。書斎と違って、2階に設けると、家事動線が長すぎます。

1階でも水回りの近くでなかれば、作業は不便になりますので、動線は慎重に計算します。数千円程度のデスクを置く、大工さんにアイロンがけができるくらいの板1枚程度の簡易カウンターをつくってもらう。あとは自分で塗装をするのも楽しみです。 おおげさな本棚より、ボード1枚程度の壁収納もおしゃです。

 

限られた面積のなかで個室を増やすのでは予算が膨らむだけ。間仕切りを可変的にしたり、コーナーを利用したり、広めにとったホールをパテーションで仕切る、コーナーを利用するなどして、縄張りは意外と容易に確保できます。

 

発想の原点は「個室」ではなく「縄張り」と決める。プランの段階から設計担当者にこのことを伝えるだけで、図面の描き方は大きく違ってきますし、楽しみも増えるはず。

くれぐれも注意をしたいのは、自分で間取り図を描こうとしないことです。私たちは動線のことも、通風のことも、採光のことも、水回りのことも換気のことも、素人なのです。

 

吹き抜けを設ける際、平面ではなく立面図も必要になります。採光、通風、日射の取得、遮へいなど全てを考慮して立面図を描くことができますか。

できないのであれば、平面図を描くことすら意味をなさないことがおわかりになるはずです。

このコンセプト設計者に伝えることだけで、少なくとも、リーズナブルにご自分の居場所に近いスペースが確保できるはずです。

 

家づくりは、あらゆる種類のプロの技術とノウハウによって実現されます。プランニングで大切なのは、施主の結論を押し付けるのではなく、プロたちと検討する素材や選択肢をできるだけ多く準備すること。

楽しい家づくりは、選ぶことがたくさんある家づくりです。ヤマアラシのジレンマ、できれば経験しないで済むように、あなただけのかわいい縄張りが実現しますように。

 

おすすめ図書

フロイトと並んで活躍し、「個人心理学」または「アドラー心理学」と呼ばれる心理学を創唱したアドラー。

 

「よくできたねとほめるのではない。ありがとう、助かったよと感謝を伝えるのだ。感謝される喜びを体験すれば自ら進んで貢献を繰り返すだろう」

 

アドラー心理学で他者をほめることは「上位の者が下位の者に評価を与えること」。他者には子どもも含まれ、そこには上下関係ではなく、平等な横の関係と考えます。

 

子どもが手伝ってくれたときは「えらいね」ではなく「うれしい!」と関係軸が「あなたと私」ではなく「私」だけになるのです。

反対に子どもがいたずらをして兄弟を泣かせたときなども「だめだよ」と叱るのではなく「『私』は悲しいよ」。

 

仕える人と支配する人に区分することを頭から追い出し、完全に対等であると感じることは今もなお困難である。しかし、このような考えを持つことが既に進歩である」(『性格の心理学』より)

 

自分の軸が変わると、人間関係も劇的に違ってくるというのですが、私にはそう簡単なこととは思えません。
でも、何度でも読んで学んでいこうと思っています。
 

 

   

 

 

 

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