Where we belong.

家を知る・家に住む・家で暮らす、そして私たちの居場所について。

現代風「ハレ」と「ケ」の復活。

 

 

床の間

日本の家から家族の儀式が消えた

お正月が終わったかと思うと、節分、ひな祭り、今度は端午の節句とイベントが続きます。その都度準備に大変ですね、といいたいところですが、いまどきのお父さん、お母さんからは「いいえ、別に」という返事が少なくありません。

 

少し前までは、ひな祭りや端午の節句というと、数日前からお母さんが押入の奥からおひな様や五月人形を引っぱり出し、1年の埃をはらって大事に大事にお飾りしたものでした。

当日は朝からご馳走の準備をし、着物を着せたり、髪を整えたり、みんなでちらし寿司を食べたりと、家のなかが急にせわしくなるけどうれしい、ちょっとしたイベントだったのです。

 

もっとも、昔は、冠婚葬祭、出産までも家のなかというのがふつうのことでした。それが昨今では、結婚式はもちろん、お葬式も斎場で済ませてしまいます。ひな祭りも端午の節句も、棚の上に一つか二つのお人形を飾って終わり、という家も少なくありません。核家族に少子化、家の面積も小さくなって、イベントをする場もないのが現実なのです。

 

こうした家のなかの行事や考え方を「ハレ」といいます。家族のおめでたい行事、その明るさや晴れやかさなどを意味します。

反対に、ふだんの日常生活が「ケ」。病気やケガ、家族の死など、ふだんの「ケ」が滞ることを「ケガレ」といい、その「ケガレ」を祓って、今度は明るく生きようねと「ハレ」の日を楽しむ。日本人は長い間、このようにして日常生活にメリハリをつけ暮らしてきたのです。

 

もともとは「遠野物語」で有名な民俗学者・柳田國男(1875〜1962)によって唱えられ「ハレ」と「ケ」から日本の生活文化が分析し、そこから未来への潮流を読みとろうとしたとされています。

ちなみに、ケガレを落とすことで「ハレバレ」。このほか、「晴れ舞台」「晴れ姿」など、ふだんの生活のなかで、いまもこんな言葉が生きているところが面白いですね。

 

 

 

 

床の間

家のなかでもっとも奥まった「ハレ」の場としての床の間。


伝統に息づく「ハレ」と「ケ」の仕掛け

伝統的な日本家屋には、家の構造にも「ハレ」と「ケ」がひっそりと息づいています。

土間やかまどは外の延長のような場所であり、日常生活を支える場ですので「ケ」。その「ケ」の世界と区分けするために上がり框が設けられ、縁側などには、いったん履物を脱いだり、踏み台にする沓脱石などを置きました。

 

上がり框を上がって、居間や茶の間。かつては囲炉裏があり、昭和30年代からはテレビの間ともなりました。

襖を隔てて隣り合っているのは和室。床の間、仏壇もここに置かれるようになります。

奥の座敷は「ハレ」の場とされましたが、同じ奥まった場所でも納戸は「ケ」と位置づけされ、納戸側から奥座敷に入ることは禁忌とされています。

 

床の間が生まれた室町時代は、書画や置物を飾りましたが、江戸時代からは庶民の住まいでも客を迎え入れる間としても利用されます。

床の間を背にした場所が「上座(かみざ)」で、反対側の入り口に近い場所が「下座(しもざ)」となり、いまも日本のビジネスシーンでは大切なルールとなっています。

 

床の間に飾るのは、四季の生け花や掛け軸など。お寺の庫裏や和風の居酒屋さん、料亭、旅館などではいまも床の間飾りを大事にしますが、一般の住宅ではほとんど姿を消しつつある場所でもあります。

ちなみに、床の間をしつらえるときの「しつらい」を漢字にすると「室礼」となり、床の間から「ハレ」の日の飾りが生まれたことを表わしていることがわかります。

 

 

もっとも、現代の生活は、昔と比べると毎日が「ハレ」の連続のようでもあります。私が子どもだった時代は、お祝い事でもなければお寿司やトンカツなども食べられませんでしたし、家族でおめかしして出かけた映画だって、いまでもレンタルショップからDVDを借り、自宅の居間に鎮座する大画面のテレビで、好きなときに、好きなだけ楽しめます。

 

地方に行くと、いまでも冠婚葬祭は自宅で行い、ひな祭りや端午の節句も家族みんなでお祝いする習慣は色濃く残っていますが、私たちの暮らしは、「ケ」としての日常に、時折「ハレ」が挟み込まれることで「ハレ」たり得たものが、その区別さえつけられなくなった時代に生きているといえるのかもしれません。

ちょっと皮肉をいわせてもらえば、大型テレビを置く場所はあっても、ひな人形や五月人形が置かれるスペースさえ考えられなくなっているのが、いまの日本の住宅といえます。

 

ただ、なかなか気がつかないだけで、いまも私たちの周辺には「ハレ」を演出するものが数多くあります。

お祭りはまさに「ハレ」の象徴でもありますが、お祭りにちなんだ衣装や化粧、お神輿や山車などは、一年の間でも大半の人が目にする光景です。目に見えるものだけではなく、祭囃子や太鼓、笛などは聴覚を刺激する「ハレ」の演出ですし、お神酒など飲食も同様に「ハレ」を盛り上げる仕掛けということができます。

 

 

 

 

 

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家族だけの「ハレ」の日をつくる演出

「ハレ」が鈍化してしまった現代の家で、家族の緊張感が失われ、家族が共有する思い出も少なくなっていくのでしょうか。

お寿司は年に一度、カレーライスは年に二度、ハンバーグやトンカツは年に3度…と、最初からそんなルールをつくる時代でもありません。言い換えれば家の外が「ハレ」の舞台に変わりつつあるのかもしれません。遊園地やファミレスがそうでしょうし、お盆や正月、何時間もの渋滞をくぐり抜けて行く田舎の実家にその舞台を求めているともいえます。

 

年に一度、お正月に写真館で家族写真を撮るという家族がいます。スマホで撮る写真ではなく、この日ばかりは家族みんなが正装をし、昔ながらの町の写真館に行って、大きなカメラで撮ってもらうのです。

スマホで撮った写真が悪いというのではありませんが、決まった日に、決まった場所に、正装をして出かけるところに意味がアフェリエイトあり、大きなアルバムに収められた写真は、家族みんなの宝物になります。どこの町でも消え去ろうとしている、写真館という文化の灯を消さないことへの貢献にもなるでしょう。

 

 

写真館は高いのでとても…という人には、年に一度、決まった日を決めて必ず家族の写真でフォトブックをつくるという手もあります。スマホのなかには何百という写真が保存されてはいるものの、全く整理をしていないという人が少なくありません。できれば年に二度ほど、スマホのなかを整理して、そのままアプリでフォトブックを作成し、データを送ってしまえば、数日後にフォトブックが届くという便利さです。

 

私たちプロも、住宅の撮影などの際は、撮ったデータをDVDに焼き、そこから選りすぐった写真を数十枚2Lサイズにプリントして納品するのがふつうでしたが、いまは、DVDのデータ渡しは同じでも、プリントはしないでフォトブックにしてお届けるクライアントも増えているのです。フォトブックは一度つくるとネット上でもデータが残りますので、追加がいくつあっても対応できますし、何より、数百円でつくれてしまうので、とても重宝しています。

家族写真も同じようにフォトブックとして残しておけば、そのデータで何冊か作ってご両親や友人にプレゼントすることもできます。定型サイズですので何冊並べても収納に困りませんし、昔のように大きなアルバムのようにかさばることもないのです。

 

年に一度、離れて暮らす両親と自分の家族と2泊の旅行を続ける人もいます(実は当事務所のアシスタントさんのことです)。

関東に住むご両親と毎年違う場所で待ち合わせをし、ともに2泊3日を過ごすのです。アシスタントさんには幼い子どもが3人いますので、あまり大きくない家にご両親が来て泊まっても、少し窮屈な思いをしますし、その逆もあります。娘の家や実家ではないけれど、年に一度はみんなで顔を合わせて、初めての土地を一緒に旅をする。写真館での家族写真と同じで、家族全員の共通した記憶が刻まれ、旅の終わりには必ず、「来年はどこにしよう」と話が盛り上がるといいます。

 

家族で旅行をする家庭は3割に満たないというデータがあるほどですが、見方を変えれば、遠出はせずとも月に何度かは必ずどこかにお出かけをしている家庭は少なくないはずです。ちょっとした遠出をルーティンにするだけで「ハレ」になることもありますので要検討です。

 

日々の暮らしもそのまま記憶に刻まれることはいうまでもありませんが、意識して「ハレ」を演出することで、より鮮やかな思い出となることもあるはずです。和室、床の間があるのであれば、それらを「ハレ」の舞台として再考してみる。ダイニングテーブルだって、家族の誕生日など「ハレ」の日の舞台になります。そこに、音楽や家族同士でのハグ、おいしい料理の味や香り、素敵な衣装などがあれば、五感のすべてに記憶が刻まれます。

何も代わり映えのしないような日常もあれば、自分たちで演出し実現する「ハレ」もあっていいのです。

 

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おすすめ図書
太陽が移動する天球上の道を黄道といい、黄道を24等分したものが二十四節気。半月毎の季節の変化を示しており、これをさらに約5日おきに分けたのが七十二候です。

 

古代中国で作られたものですが、二十四節気は古代のものがそのまま使われ、「立春」「雨水」「穀雨」など二字の漢字で季節の特徴を表し、七十二候は漢字三文字、四文字で書かれ、これまで何度か日本の気候風土に合うよう改訂されています。

 

5月21日(火)は「小満 (しょうまん)」で「すべてのものがしだいにのびて天地に満ち始める」という日。

6月6日(木)は「芒種 (ぼうしゅ)」で「稲などの(芒のある)穀物を植える」という日。

6月22日(土)は「夏至 (げし)」で「昼の長さが最も長くなる」日。

 

微細な気象の移り変わり、それに伴う自然や動植物、田畑の変動を知る目安として、現代に生きる私たちでも参考になることが多々あります。

かつての日本人は、こんなに細やかに季節の移ろいを感じて、日々の暮らしや労働に暦を反映していたのですね。
 
 

 

 

 

   

 

 
 

 

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